1.シフトに入れてもらえない問題
シフト制の労働者の脆弱性の一つに、使用者からシフトに入れてもらえなくなることがあります。
現行法制上、稼働しなかった日に対応する賃金は、支払われないのが原則です。例外として、使用者の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によって労務を提供できなくなった場合に限り、賃金を請求できます。
しかし、使用者からシフトに入れてもらえなければ、そもそも労務提供義務自体が発生しません。労務提供義務がないときに労務を提供しなかったからといって、賃金が発生することはありません。このようにして、シフト制の労働者は、解雇されなくても、シフトに入れてもらえないことにより、生活の糧を失ってしまいます。
こうした問題に対抗するための法律構成の一つに「最低シフト数合意」があります。
「週に○回はシフトを入れる」という労働条件が合意されていれば、労務提供できない責任はシフトを決定する使用者の側にあります。そのため、労働者は最低シフト数に達するまでの賃金を請求することができます。
シフトに入れてもらえない問題が顕在化するのは、大抵、最低シフト数が明確に合意されていない事案です。しかし、明確な合意がなかったとしても、「黙示の合意」という構成によって最低シフト数合意を認定することができれば、明示的な合意がある場合と同様の法的効果を受けることができます。
この最低シフト数合意との関係で、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、東京地判令6.9.18労働判例ジャーナル157-34 ソラスト事件です。
2.ソラスト事件
本件で被告になったのは、医療分野・介護分野等を中心として労働者派遣事業等を行う株式会社です。
原告になったのは、被告との間で期間1年の労働契約(本件労働契約)を締結し、C病院(本件病院)で働いていた方です。
原告の方は、雇止めの効力を争って地位確認等を請求するとともに、
「平均週2回のシフトに入ることが原告と被告との間の労働契約の内容になっていたにもかかわらず、被告は、令和3年11月以降、一方的に原告のシフトを週1回に減らし、原告は、被告の責めに帰すべき事由によって労務提供を行えなかった」
として、本来得られるはずであった額との差額賃金を請求する訴えを提起しました。
本日、焦点を当てたいのは、差額賃金請求です。
原告の請求は結論として棄却されてはいるのですが、裁判所は、次のとおり述べて、黙示的最低シフト数合意の存在を認めたうえ、シフト数削減合意に自由な意思の法理の適用を認めました。
(裁判所の判断)
「原告は、遅くとも令和3年11月頃には、原告が平均週2回のシフトに入ることが原告と被告との労働契約の内容になっていた旨主張する。」
「そこで検討すると、雇用期間を令和2年2月20日から令和3年2月19日とする雇用契約書においては、勤務日時は別途就業シフトに定める旨の記載はあるものの、具体的にシフトの回数を定める記載はない・・・。しかしながら、原告が平均週2回のシフトに入ることが多かったことは当事者間に争いがない。また、被告のD支社長であったEは、令和3年10月15日、Fと共に、原告と面談をした際、原告についてのクレームの多さ、深刻さを踏まえ、業務の継続が難しいと考えていたので、原告に対し、本件労働契約を期間満了の後更新しないことを伝えたが、契約満了までの給与を保障する提案をすることとし、原告に対し、本件労働契約の期間満了まで実際の勤務はせず、これまでの回数と同じ月9回分の給与を支払う旨の提案をしている・・・。」
「これらのことからすれば、令和3年10月頃の時点では、黙示のうちに、原告が平均週2回程度のシフトに入ることが原告と被告との労働契約の内容となっていたものと認められる。 」
「次に、令和3年10月15日のEらと原告との面談において、前記・・・のとおり、Eが原告に対し、本件労働契約を期間満了の後更新しないことを伝えるとともに、期間満了まで実際の勤務はせず、これまでの回数と同じ月9回分の給与を支払う旨の提案をしたのに対し、原告は、実際の勤務をしないと本件労働契約の更新の可能性がなくなると考え、週1回でもいいので働きたい旨提案し、その結果、原告が週1回シフトに入り、給与も週1回分の支払となることが確認されたことが認められる・・・。」
「したがって、原告が週1回シフトに入り、給与も週1回分の支払となることになったのは、原告が週1回でもよいので、働きたい旨申し出たためであり、週1回のシフトとすることについては、原告の同意があったといえる。」
「これに対し、原告は、原告からの週1回の勤務の提案は、被告による雇止めが有効であるとの錯誤に基づくものであるから取り消すとか、自由な意思に基づくものではなく、無効である旨主張する。」
「しかしながら、前記・・・のとおり、本件労働契約は、令和4年2月19日の期間満了をもって終了したものと認められるのであり、被告による雇止めは無効ではないから、原告に錯誤はない。」
「また、原告のシフトの減少は、労働条件を原告の不利益に変更するものであるから、原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かも検討すべきところ、原告が週1回の勤務になったのは、被告が実際の勤務をしないが、月9回分の給与を支払う旨の提案をしたのに対し、原告の方から週1回の勤務の提案をしたためである。前記3のとおり、原告は、繰り返し多数の問題を起こし、被告に対する苦情も多く寄せられるなどしていることからすれば、被告が原告に対し、本件労働契約の期間満了まで実際の勤務をせず、月9回分の給与を支払う旨の提案をしたことは不合理なものとはいえず、原告の提案に至る過程において、原告に錯誤はなく、その後、本件労働契約の期間が満了するまでシフトの減少について原告が異議を述べた形跡はないことからすれば、原告からの週1回の勤務の提案は自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものと認められる。したがって、週1回のシフトにすることについての原告の同意は有効である。」
「以上によれば、被告が原告を週1回のシフトとしたのは、原告の有効な同意に基づくものであるから、原告はシフト減少分の賃金の請求をすることはできない。」
3.シフト数削減合意に自由な意思の法理の適用が認められた
「自由な意思の法理」というのは労働法に特有の法理で、錯誤や詐欺、強迫といった問題がなくても、労働条件の不利益変更等を受け入れるような合理的な理由が客観的に存在していない限り、合意の効力が否定されるといったルールです。最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件以来、その適用範囲は様々な合意に広げられ、存在感が強まっています。
本裁判例は結論として自由な意思を認めて原告の請求を認めたものの、シフト数削減合意にも自由な意思の法理の適用があることを明らかにしました。賃金減額の合意に自由な意思の適用があることは争いないため、ある程度予想されたことではあるものの、本裁判例は、自由な意思の法理の適用場面をまた一つ広げるものとして、実務上、参考になります。
