退職意思を示すメッセージの送信や契約不更新を告げられた後の条件交渉が、合理的期待の喪失要因とはされなかった例

1.雇止めの二段階審査

 労働契約法上、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(契約更新に向けた合理的期待が認められる)場合、

有期労働契約者からの契約更新の申込みに対し、使用者は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められなければ、申込みを拒絶できず、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したことを擬制される

というルールが採用されています(労働契約法19条2号参照)。

 言い換えると、雇止めの可否は、

① 合理的期待があるのか、

② 客観的合理的理由・社会通念上の相当性があるのか、

という二段階審査を受けることになります。

 この二段階審査のポイントは、

①の合理的期待がない場合には、理由の客観的合理性・社会通念上の相当性が問題になることなく、期間満了により当然に契約が終了すること、

合理的期待の基準時が契約期間の満了時であること、

にあります。

 近時の使用者は、この二段階審査の特性を利用し、

契約期間中に生じた様々な事情を利用し、

あるいは、契約期間中に様々な事情を作り出し、

「契約期間の満了時点において合理的期待は失われていた」

という主張を展開してきます。

 労働者側としては、これにいかに対抗するかを考えて行くことになるのですが、近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令6.9.18労働判例ジャーナル157-34 ソラスト事件です。

2.ソラスト事件

 本件で被告になったのは、医療分野・介護分野等を中心として労働者派遣事業等を行う株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間1年の労働契約(本件労働契約)を締結し、C病院(本件病院)で働いていた方です。

 本件労働契約は、平成29年2月20日に開始され、

平成30年2月20日、

平成31年2月20日、

令和2年2月20日、

令和3年2月20日、

の4回に渡って更新されました。

 その後、令和4年2月19日付で雇止めをされたことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 雇止めの効力が争われる多くの事件と同様、この事件でも、期間満了時の合理的期待の存否が問題になりました。

 本件で被告が行った主張は、次のとおりです。

(被告の主張)

「原告に適用される就業規則において、契約期間が通算で5年を超える社員については、無期転換権を有するが、原告のように契約期間が通算で5年に満たない社員については、無期転換権は定められていないこと、原告は、令和3年2月3日付け業務改善指導書及び同年5月17日付け業務改善命令書を交付され、後者については、業務改善に努める旨自書の上で署名押印をしながら、業務改善はされていないこと、原告は、同年10月4日時点において、他の病院への異動は拒否するものの、翌年2月又は3月をもって退職する意向を示していたこと、原告は、同月15日の面談において、本件労働契約が令和4年2月19日をもって終了する旨合意していることからすれば、原告に本件労働契約の更新についての合理的期待は存しない。したがって、本件労働契約は労働契約法19条2号に該当しない。」

 裁判所は結論として雇止めの客観的合理的理由・社会通念上の相当性を認めて原告の請求を棄却したものの、次のとおり述べて、合理的期待は肯定しました。

(裁判所の判断)

「令和4年2月19日の時点において、本件労働契約は、4回にわたり、更新され、期間も5年に達していたこと、本件労働契約による原告の勤務内容は、被告が本件病院を運営する法人から受託していた本件病院の夜間受付の事務員であったところ(争いのない事実)、被告が本件病院を運営する法人から受託を解除されるような事情があったとはいえず(弁論の全趣旨)、業務の継続性があったことからすれば、原告が本件労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があったと認められ、労働契約法19条2号に該当する。」

「なお、原告は、令和3年10月4日、被告の社員であるFに対し、翌年2月又は3月に退職する意思を示すメッセージを送信している・・・。しかし、結局、原告は、本件労働契約が更新されたものとみなされるとして、本件訴えを提起するに至っており、当該メッセージの送信により、原告が本件労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があったことが否定されるとはいえない。

「また、被告が、令和3年10月15日、原告に対し、令和4年2月19日の期間満了をもって本件労働契約の更新をしないことを告げ、期間満了まで実際勤務はせず、月9回分の給与を支払うこととすることを伝えたところ、原告は、週1回でもいいので働きたいなどと述べ、期間満了まで週1回で勤務することになったことが認められる・・・。しかしながら、原告は、週1回でも勤務をし、本件労働契約の更新を受けるために、このような対応をしたものと認められるから・・・、これをもって原告が本件労働契約が更新されるものと期待することについての合理的な理由があったことが否定されるとはいえない。

そのほか原告が本件労働契約が更新されるものと期待することについての合理的な理由があったことが否定されるような事情はない。

3.不更新が告げられる前後では色々なことが起きるが・・・

 契約の不更新が告げられる前後では、労使間の緊張が高まり、様々な出来事が生じます。雇止めにならないだろうと踏んだうえで駆け引きとして退職をほのめかしたり、不更新の告知に対して条件交渉を持ち掛けたりすることは、その典型ともいえます。

 本件ではこうした出来事が合理的期待を失わせる事由になるのかが問題になりましたが、裁判所は、これを否定しました。

 裁判所の判断は、雇止めの効力を争う事件に取り組むにあたり、実務上参考になります。