1.自衛隊の懲戒処分
国家公務員に対する懲戒処分の標準的な処分量定を定めた文書に、
人事院総長発平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」
があります。
ただ、国家公務員であれば、全てこれが適用されるのかというと、そういうわけでもありません。組織毎に、別途、懲戒処分の指針が定められていることがあります。
個別に懲戒処分の指針を定めている代表的な組織が自衛隊です。
例えば、陸上自衛隊には、陸上自衛隊達24-4号「懲戒処分等の基準に関する達」(最終改正:令和2年2月21日達第24-4-5号)というものがあります。
http://www.clearing.mod.go.jp/kunrei_data/f_fd/1978/fy19780707_00024_004.pdf
この「達」では、しばしば、「重大な場合」「軽微な場合」「極めて軽微な場合」という区分けが登場し、各違反態様に応じた処分基準が定められています。
例えば、「私的行為に関する違反」の「窃盗・詐欺・恐喝・単純横領等」の場合、重大な場合は免職、軽微な場合は停職の重処分、極めて軽微な場合は軽処分といったようにです。
近時公刊された判例集に、詐欺事案に係る違反態様との関係で、興味深い裁判例が掲載されていました。東京地判令6.8.7労働判例ジャーナル157-50 国・陸上自衛隊関東補給処長事件です。何が興味深いのかというと、財産的な損害に欠ける詐欺でも「重大な場合」として免職処分が行われ、それが裁判所でも維持されたことです。
なお、「財産的な損害がない詐欺」というのは、転売目的でチケットを購入するような行為が典型です。転売目的と知っていたら売らなかったという関係があるにしても、対価としてチケットの代金を収受していれば店側に経済的な損害は発生しません。しかし、詐欺罪は個別財産に対する罪といって、刑法の世界では、店がチケットの占有を喪失すること(購入客に交付すること)自体が損害として把握されます。そのため、民事的には損害が発生していないけれども、刑事的には損害が発生しているというややこしい事態が生じるのです。「財産的損害に欠ける詐欺」とは、このように(無形損害は措くとして)民事的な損害を与えない詐欺行為を意味するものとして使っています。
2.国・陸上自衛隊関東補給処長事件
本件で原告になったのは、陸上自衛官であった方です。
複数の他人名義でコンサートチケットの購入を申込み、チケット44枚(約35万円分)を購入したこと(本件非違行為)を理由に懲戒免職処分・退職手当支給制限処分(全部不支給)とされたことを受け、各処分の取消を求めて出訴したのが本件です。
この方は購入したチケット44枚をネットオークションにかけましたが、結局、売却額は29万円に留まり、利益を上げることはできませんでした。
被告国(陸上自衛隊)側が懲戒免職処分を選択したのは、本件を「窃盗・詐欺・恐喝・単純横領等」類型における「重大な場合」として位置付けたからです。
本件の原告は、次のとおり述べて、「重大な場合」に該当することを争いました。
(原告の主張)
「本件非違行為は、要するに、他人名義を用いて、販売業者から、チケットの購入権を取得したというものであるところ、特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律が制定されるまでは、家族や友人の名義を用いて複数の購入申込みを行うことは一般的に行われており、原告も、チケット販売規約において、他人名義によるチケット購入申込みが禁止されていることを認識していなかった。そして、チケット購入権を詐取したとはいえ、その都度原告はその対価として適正代金を振り込んでおり、コンサートチケットの購入権の公平な分配の観点においていくらか実害が生じ得るとしても、販売業者に経済的損害は一切生じておらず、前記のとおり、法律の制定までは本件非違行為と同種の行為が一般に行われていたことからすると、本件非違行為が実際に販売業者の運営に影響を与えたとは評価できない。」
「本件非違行為の目的は、妻及び義母のためのコンサートチケットを入手することであり、本件非違行為により得たチケットのうちの4枚は家族で使用しており、当初から転売目的で本件非違行為を犯したわけではなく、実際に、原告は販売業者に対してチケット代金計約38万円を支払った一方、余剰チケットの売却代金は計約29万円にとどまり、本件非違行為により約9万円の赤字となっている。」
「以上によれば、本件非違行為の悪質性は相当程度低く、本件処分基準における『重大な場合』には該当しない。」
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件は「重大な場合」に該当すると判示しました。
(裁判所の判断)
「本件非違行為は、要するに、販売業者に対して、本人名義でのチケット購入申込みではないのに、本人名義での申込みであるかのように装って、他人名義を用いてチケット購入申込みを行い、販売業者を欺罔し、販売業者が他人名義でのチケット購入申込みであることをわかっていれば販売していなかったチケット44枚を購入したというものであって、原告が、本件非違行為により、販売業者から詐取した対象物はチケット44枚と解すべきである。そのため、本件非違行為は本件処分基準における『窃盗・詐欺・恐喝・単純横領等』に該当し、本件非違行為により詐取した対象が、約35万円相当の44枚のチケットであることから、「対象金額が低い場合」とはいえない。また、原告はこの44枚のチケットをインターネットオークションにおいて売却していることから、詐取した44枚のチケットを『一時使用した場合』に類するような行為であったとも考えられない。」
「本件非違行為の内容に加え、原告に故意が認められること、前記・・・記載のとおり本件非違行為により原告が詐取した対象金額は約35万円と相当程度高額であるといえること、本件非違行為において、複数の他の自衛官の名義を使用していること、他人名義の使用にあたって、架空の住所での会員登録や他人のクレジットカードや銀行口座を利用する等本件非違行為を行うために周到な用意をしていること及び単に詐取するにとどまらず、詐取したチケットを売却して、対価を得ていたこと等からすると、本件非違行為は相応に悪質であるといえる。」
「原告は、本件非違行為により、販売業者には経済的実損害がないことや、本件非違行為により入手した44枚のコンサートチケットをインターネットオークションに出品したところ29万円で売却することとなり、結果的に赤字となっていること等をもって、本件非違行為の悪質性は低い旨主張する。しかし、本件非違行為により原告が入手したチケットは、抽選販売され、当選しなければ購入権を得ることができないものであり、誰しもが当然に購入できるものではないこと、また、限られた人数のみが参加できるコンサートを鑑賞するために使用するチケットであることからすれば、チケットそれ自体に価値があるものと解される。チケット自体に価値があり、他人名義での購入申込みをした者には販売しないという販売業者の意図に反して、原告が本件非違行為により現にチケットを入手している以上、原告が販売業者に対して正規のチケット代金を支払っていたからといって、本件非違行為の悪質性が低下するものとはいえない。また、原告が詐取したチケット自体に価値があり、そのチケット44枚は合計約35万円で販売されていた以上、その価値も約35万円相当と解すべきであり、原告が詐取したチケットをインターネットオークションに販売した結果、29万円となったことは事後的かつ偶発的な事情でしかなく、本件非違行為の悪質性には影響しない。」
「したがって、本件非違行為が悪質ではない場合に該当するとはいえない。」
「前記認定事実・・・並びに前記・・・に照らすと、本件非違行為は、本件処分基準における、『私的行為』であり、『窃盗・詐欺・恐喝・単純横領等』に該当する。そして、その内容は『対象金額が低い場合』『内容が悪質ではない場合』又は『財物を一時使用した場合』のいずれにも該当しないことに加え、本件非違行為により原告が逮捕されたことは報道されており、かつ原告も本件非違行為を行ったこと自体は否定していないことを踏まえると、本件非違行為は、隊員としての品位を著しく傷つけ、又は自衛隊の威信を著しく損する場合に該当するといえる。」
「よって、本件非違行為は本件処分基準における、『私的行為』の『窃盗・詐欺・恐喝・単純横領等』における『重大な場合』に該当する。」
3.処分量定が重きに失するのではないか?
確かに、原告の方がした行為が迷惑であることは否定できません。しかし、チケットの転売行為が行われたところで、「だから自衛隊は信用できない」という発想には通常なりにくいように思います。また、勤務を離れた時間にチケットの転売を行った隊員がいたからといって、自衛隊の本来業務が阻害されたのかというと、常識的にそんなことはないだろうと思います。民間事業者にしても、有形的な財産的損害を被っているわけではありません。
懲戒処分の根拠が、公務員秩序を毀損したことにあるのであれば、本件を「重大な場合」と評価するのは行き過ぎであるようにも思われます。
しかし、裁判所は、本件を「重大な場合」として位置付けた処分行政庁の判断に誤りはないと判示しました。
本件もそうですが、公務員に対する懲戒処分は過酷になりがちで、しかも、裁判でも極めて是正されにくいという特徴があります。最近も、1000円の着服横領で1200万円の退職手当不支給処分を最高裁が妥当と判示したとの報道がなされました。こうなってくると、最早、懲戒処分は刑罰(刑事裁判)よりも遥かに過酷な制裁としての様相を呈してきます。
1000円着服で1200万円退職手当不支給 最高裁は「妥当」 – 日本経済新聞
公務員の懲戒処分の処分量定の相場は、重くなる方向に一方的に動くだけで、私が観測する限り、軽くなる方向に動いたことはありません。
「重大」と言われると違和感のある違反行為でも過酷に取り締まられるため、公務員の方は注意が必要です。
