1.早出残業の認定は厳しい
タイムカードで労働時間が記録されている場合、終業時刻は基本的にはタイムカードの打刻時間によって認定されます。しかし、始業時刻の場合、所定の始業時刻前にタイムカードが打刻されていた場合であっても、打刻時刻から労働時間のカウントを開始してもらうためには、「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」で、「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。
このように早出残業の立証(始業時刻前の稼働が労働時間に該当することの立証)は、必ずしも容易ではありません。そのため、どのような場合に早出残業の労働時間性が認められるのかは、労働事件を扱う弁護士の関心の対象となっているのですが、近時公刊された判例集に、早出残業の立証に成功した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令6.9.17労働判例ジャーナル157-36ヴィドウ事件です。
2.ヴィドウ事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
本件で被告になったのは、スポーツ、健康施設の経営及び運営等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、ジムで被告の顧客に対してトレーニング指導を行うトレーナーとして働いていた方です。シフト制のもとで働いていたのですが、被告から明示的に指示されていた8時45分よりも前に出勤し、トレーニング指導の予約をした顧客に対応することがありました。
こうした実情から、本件の原告は、タイムカードの「出」欄に打刻された時刻を始業時刻だと主張しました。
これに対し、被告は、
「被告は、原告に対し、午前8時45分より前の時刻に出勤することを指示したことはない。したがって、原告が午前8時45分より前の時刻にタイムカードを打刻した部分は、業務上の必要性や業務の指示がないにもかかわらず出勤したものであって、原告の労働時間から除外すべきである。」
と述べ、原告の主張を争いました。
裁判所は、次のとおり述べて、早出残業の一部につき、労働時間性を認めました。
(裁判所の判断)
「労働基準法32条の労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、上記の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。」
「証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件ジムのオープン時刻は午前9時であり、原告は,被告から、オープン時刻の15分前(午前8時45分)までに出勤することを求められていたが、顧客の都合に合わせ、午前8時45分より前の時刻にトレーニング指導の予約をした顧客に対応することもあったこと・・・、トレーニング指導の予約スケジュールは、全件、予約表に記載されており、被告代表者は、予約表の記載を通じて、原告が午前8時45分より前の時刻に顧客に対するトレーニング指導を行うことがあったことを把握していた上、被告代表者自身も、原告がトレーニング指導を行っていたのと同じオープン前の時間帯に、本件ジム内の同じスペースで、顧客に対するトレーニング指導を行うこともあったこと・・・が認められる。」
「これらの事実によれば、原告は、午前8時45分より前の時刻であっても、被告の明示又は黙示の指揮命令下で顧客に対するトレーニング指導を行っていたというべきであり、その就労に係る時間は、原告の労働時間に当たるというべきである。 」
「そして、原告が午前9時のオープン前に顧客に対するトレーニング指導を行う場合、午前8時30分や午前8時に開始することが多く、午前7時30分に開始することもあったこと・・・、タイムカードは、本件ジムの出社時に打刻するものであった・・・ところ、例えば、午前8時にタイムカードの打刻がされている場合、同じ時刻に顧客に対するトレーニング指導が開始されるとは考えにくく、午前8時30分からトレーニング指導が開始されたとみるのが相当である(同様に、午前8時30分にタイムカードの打刻がされている場合は、午前8時45分から就労が開始されたとみるべきである)ことも考慮すると、原告の始業時刻については、別紙3『裁判所時間シート』の『始業時刻』欄記載のとおり、勤怠管理表・・・の『始業』欄記載の時刻(タイムカードの打刻漏れがあった令和3年3月13日及び令和4年1月21日、タイムカードのシステムが作動していなかった令和2年4月10日、同年5月10日、同年6月10日、同年7月10日、同年8月9日、同年9月10日、同年10月10日、同年11月10日、同年12月10日、同年12月27日、令和3年1月10日、同年2月10日、同年3月10日、同年4月10日、同年5月10日、令和4年2月10日)又はタイムカード(甲3)の『出』欄記載の時刻(上記以外の日)が、午前7時29分以前の時刻となっている場合は、午前7時30分を始業時刻と認め、午前7時30分から午前7時59分までの時刻となっている場合は、午前8時を始業時刻と認め、午前8時から午前8時29分までの時刻となっている場合は、午前8時30分を始業時刻と認め、午前8時30分から午前8時44分までの時刻となっている場合は、午前8時45分を始業時刻と認め、午前8時45分以後の時刻となっている場合は、その時刻を始業時刻と認めるのが相当である。」
「この点、原告は、トレーニング指導の開始前に開店準備を行っていた旨主張するが、本件全証拠によっても、原告が具体的にどのような開店準備を行っていたのか、それが被告によって義務付けられていたものであるのかは判然としない上、タイムカード又は勤怠管理表に記載された時刻からトレーニング指導が開始される時刻までの時間の長さは様々であり(別紙1『原告労働時間一覧表』の『始業時刻』欄、別紙3『裁判所時間シート』の『始業時刻』欄)、短いものは本件ジムの出社からトレーニング指導の開始まで1分ないし数分しか経過しておらず、このような短時間に原告が被告によって義務付けられた所定の開店準備を行っていたとは認め難いから、原告の上記主張は採用することができない。」
3.どのような作業をしていたのかと、それを裏付ける証拠
裁判所は予約表に記録されている時間について労働時間性を認める一方、打刻~トレーニング指導開始前の時間については労働時間性を否定しました。
何の用もなく早朝に職場に行く意味がありませんし、打刻~トレーニング指導開始前の時間の労働時間性も認められて良さそうには思うのですが、やはり早出残業の認定は、なかなか厳しいなと思います。
ただ、予約表のような資料があり、使用者側もそれを認識していたといった時間帯には、流石に労働時間性が認められました。早出残業の労働時間性を認定してもらうには、①どのような作業をしていたのかを特定できるか、②当該作業をしていたことを立証できる資料があるか、③使用者が認識していたといえるような状況があるか、といった要素が鍵になっているように思われます。
