不正行為を行った労働者の責任-損害額を盛った弁済同意書の効力が否定された例

1.会社に財産的な損害を与える不正行為

 当たり前のことですが、会社のカードを利用して私物を購入するなどの不正行為に及んでいた場合、それが発覚すると、会社から調査を受けることになります。

 そのうえで、(大抵の場合)懲戒処分が行われ、被害弁償を求められます。

 しかし、不正行為が長期間に及ぶようなケースでは、

どれが会社のための費用支出で、

どれが私的な支出なのか、

を明確に区別できないことがあります。

 例えば、会社から渡されていたクレジットカードで長期間・多数回に渡って私物が購入されていたケースを想定すると、ある特定の日時に購入されているボールペンが、

会社の備品として使われたものなのか、

私物として使用されたものなのか、

を明確に区別することは極めて困難です。備品管理がしっかりとしている会社であれば会社の備品管理簿と照合して区別することもできるかも知れませんが、あまりきちんと備品を管理していない会社は現実には少なくありません。

 こうした場合、しばしば「損害が盛られる」という現象が生じます。

 不正行為を行った従業員に対する悪感情や疑心暗鬼から、会社は、あれもこれもという形で損害を計上して行きます。従業員の側は従業員の側で、不正行為をした負い目や刑事事件化するかもしれないという不安から、強く言い返すことが困難です。こうした事情から、実体よりも損害額が過大に見積もられた債務弁済契約が交わされることになります。

 それでは、損害が盛られた債務弁済契約であったとしても、一旦合意してしまった以上は、その金額を支払わざるを得ないのでしょうか? 事後的に損害額の算定の適否を争うことはできないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。秋田地判令2.6.25労働判例1325-65 ユーアイ警備保障事件です。

2.ユーアイ警備保障事件

 本件で原告になったのは、警備保障等を主な業務とする株式会社です。

 被告になったのは、平成20年7月19日から平成30年2月21日付けで懲戒解雇されるまでの間、原告の営業職として勤務していた方です。在職中に給油カードの私的不正使用が発覚し、解雇された際「私が会社に与えた被害金額105万1255円について弁済する事に同意します」等と記載された「被害弁済に対する同意書」を提出しました。この「被害弁済に対する同意書」に基づいて、原告は被告に対して弁済金の支払を求める訴えを提起しました。これに対し、被告は「被害弁済に対する同意書」の効力を争うとともに、在職中の残業代(未払時間外勤務手当)等の支払を求める反訴を提起しました。

 「被害弁済に対する同意書」の効力についての被告の主張は次のとおりです。

(被告の主張)

「105万1255円という金額は,原告が一方的に算出したもので合理的な根拠はない。被告は,その計算方法にも金額にも納得しておらず,105万1255円の弁済には同意していない。B本部長らは,被告に対し,被告の行為が業務上横領罪に該当するなどとして,再三にわたり,弁済同意書の作成,提出を求めてきた。被告は,同人らの言動から,被告の行為が業務上横領罪に該当すると思い込まされた。弁済同意書は,そのような被告の錯誤と刑事訴追されるという恐怖心に乗じて作成させられたものであり,錯誤ないし強迫により無効である。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、「被害弁済に対する同意書」の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「弁済同意書作成の経緯は,前記・・・に認定したとおりである。すなわち,原告は,平成30年1月30日,被告が私的に使用したガソリンについても給油カードを用いて給油したことを認めたことを受けて,C専務において,平成21年7月1日に遡って,休日及びその前後の日にされた給油を私的使用のガソリンの給油とみなし,そのガソリン代を算定した資料を作成し,平成30年2月21日,これを,C専務ら幹部3名で被告に示し,被告が誰に相談する暇もない1時間余りの間に,厳しい処分として横領罪として刑事告発する可能性を,寛大な処分として自己都合退職とする扱いがあり得ることを告げた上,損害額に関する原告の主張を全面的に認める内容の弁済同意書を作成させた。

「しかしながら,本来,前記・・・のような借上制度(営業職が業務のための移動に個人所有の自家用車を使用することを認める車両借上制度 括弧内筆者)を運用するに当っては,使用者である原告には,雇用契約に付随する義務として,営業職が業務のために自家用車を走行させた距離数を適切に管理,把握した上で,当該営業職が給油カードにより給油した給油量がその把握した走行距離数と大きく矛盾しないかを定期的に確認する義務があり,営業職が私的使用分のガソリンを給油カードにより給油しているのではないかとの疑いが生じた場合において,これを理由に当該営業職に対して懲戒その他の処分を課するには,上記の疑いが生じたこと及びその理由を当該従業員に告知し,一定の準備期間を与えて弁解の機会を付与した上で,当該不正使用の有無及びその範囲を適切に判断し,それに応じて処分の要否及び内容等を決定すべき注意義務があるというべきである。

「にもかかわらず,原告においては,平成29年3月頃に税務当局から指摘を受けるまで,長年にわたり上記の管理,把握を行わず,営業職が給油カードを用いて給油した分のガソリン代をそのまま負担する扱いをしており,この点は,平成13年に営業職が私的使用分の給油に給油カードを用いたことで当該従業員を退職させたということがあったにも関わらず,その後も同様であった・・・。」

「ところで,上記平成13年の不正使用の際,原告は,当該営業職が月曜日に給油した給油量をもって不正使用分の給油量とみなしているが,被告が給油カードの私的不正利用を繰り返していたことを前提としても,上記のとおり,そもそも原告には,各営業職の業務に係る車両走行距離数を適切に管理,把握する義務があるのであって,これを怠ったまま,給油した曜日によって不正給油か否かを判断するなどという基準が極めて不合理であることについては多言を要しないのであり(仮に,原告が営業職に対し,特定の曜日に給油したものは私的不正使用とみなす旨を告知していたとしても,その不合理性が左右されることはない。),このような基準で不正給油量を判断された者が,その判断ににわかに納得できないのは当然である。

「また,原告は,平成21年7月に遡って被告の私的不正使用分を算定しているが,そもそも原告の借上制度では,私的に使用したガソリンと業務に使用したガソリンとを厳密に区別することはできないところ,前記・・・に認定した平成29年3月までの原告における借上制度の運用状況は,私的使用に係るガソリン代が多少混入したとしても,原告の判断として目に余るような著しいものでない限り,借上制度の運用において生じる営業職の事実上の便益として見逃すことで営業職の業務意欲向上へのインセンティブとしているとみられても仕方ないようなものである(すなわち賃金外の所得ともというべきものであり,税務調査における当局の指摘も同趣旨であったと考えられる。)。」

「ところが,原告は,被告に対し,上記のような極めて不合理な基準を平成21年7月に遡って適用して一方的に不正給油量を算出した資料を作成し,平成30年2月21日,事前に十分な検討時間を与えることもなく当該資料を被告に示し,幹部社員ら3名で被告一人を追及し,刑事告発という重大な処分があり得る一方で,被告が直ちに原告の主張を全て認めて原告が要求するとおりの弁償をすることを約束するのであればこれを回避して自己都合退職扱いすることができるという利益誘導的言辞を用いて,被告に弁済同意書を作成させた。

原告の被告に対する上記のような一連の行為は,それが必ずしも悪意から出たものではなく,給油カードの不正使用という重大な服務規律違反行為があったこと自体は間違いない被告に対し,自己都合退職という穏便な措置で済ませることができ,その方が被告のためにもなるという配慮から出たものであったことを踏まえても,その事実上の強制力に照らし,労働者に対する使用者の行為として明らかに行き過ぎであり,社会的相当性を逸脱する行為というべきである。

したがって,原告が,上記認定のような経緯により作成された弁済同意書に基づいて,被告にその強制履行を求めることは,公序良俗に反し,権利の濫用として許されない。よって,原告の本訴請求は,理由がない。

3.不合理な基準で盛られた損害額を無理矢理認めさせられた場合、争える余地がある

 上述のとおり、裁判所は、

損害額の算定基準の不合理性

弁済同意書の取得プロセス

を問題視し、弁済同意書の効力を否定しました。

 確かに、不正行為は許されません。しかし、不正行為をしたからといって、被害会社の主張を無批判に受け入れなければならないというわけではありません。損害額は合理的な根拠のもとで積算される必要がありますし、意思を抑圧するような形で債務弁済契約を交わすことは不適切です。

 この裁判例は、不正行為による損害賠償を合理的な限度に絞って行くにあたり、実務上参考になります。