1.公正な採用選考の基本
企業には採用の自由があります。
しかし、だからといって、求職者に対して何を要求しても構わないと理解されているわけではありません。
厚生労働省は、採用選考は公正であるべきだと考えており、採用選考の基本的な考え方や、公正な採用選考を行うためのポイントを解説しています。
公正な採用選考を行うにあたっての配慮すべき事項として、厚生労働省は、
「次のaやbのような適性と能力に関係がない事項を応募用紙等に記載させたり、面接で尋ねる、作文の題材とするなどによって把握することや、cのような採用選考の方法を実施することは、就職差別につながるおそれがあります。
<a.本人に責任のない事項の把握>
・本籍・出生地に関すること (注:『戸籍謄(抄)』」や本籍が記載された『住民票(写し)』を提出させることはこれに該当します)
・家族に関すること(職業、続柄、健康、病歴、地位、学歴、収入、資産など)
・住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近隣の施設など)
・生活環境・家庭環境などに関すること
(以下略)」
を求めています。
上述の記載からも分かるとおり、住民票の写しを提出することは、就職差別に繋がるからダメだと消極的な評価が加えられています。
それでは、入社後、会社に対して住民票記載事項証明書を提出しなかったことを理由に従業員を解雇することは許されるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令6.9.25労働判例ジャーナル156-30 日都産業事件です。
2.日都産業事件
本件で被告になったのは、オフィスビル等の清掃事業を営む株式会社です。
令和元年11月1日に被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、時給1100円で清掃業務に従事していた方(A)の相続人です。被告のAに対する解雇は無効だと主張し、死亡日までのバックペイ等の支払を求めて提訴したのが本件です。
本件では、Aの解雇理由に特徴があります。
被告会社は、Aの解雇理由について、次のような主張をしました。
(被告の主張)
「本件解雇は、Aが被告から何度も住民票記載事項証明書の提出を求められたのに、これに応じなかったことによるものである。」
「会社が雇用契約を締結するに当たって本人確認(相手方が自ら名乗っている人物と同一人物であるか、相手方が申告する住所地に実際に居住しているかなど)を行うことは当然である。就業規則の規定にかかわらず、本人確認ができない労働者を解雇することは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である。そのため、本件解雇は有効である。」
「仮に、これが認められないとしても、住民票記載事項証明書の提出義務(就業規則5条1項2号)に違反したAを解雇することは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である。」
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を認めました。
(裁判所の判断)
「Fは、証人尋問において、Aに対して住民票記載事項証明書の提出を求めた経過について、
〔1〕令和元年11月1日頃、入社手続において必要な書類(住民票記載事項証明書を含む。)を記載した書面を交付したが、Aは家族とけんかしているため提出することができない旨を述べて提出しなかった、
〔2〕その後、3か月に1回程度の頻度で、繰り返し提出を求めたが、Aは家族とけんかしているなどと述べて提出しなかった、
〔3〕令和2年末頃、被告の専務取締役と共にAと話をし、住民票記載事項証明書に代えて過去3か月以内の公共料金の支払明細書であればよい旨を伝えたが、Aは数日後に損害保険の葉書を持参するのみであった、
〔4〕Aから介護保険証等を提示されたことはない
旨を供述する。」
「また,被告の従業員であるG(以下『G』という。)は、証人尋問において、Aに対して住民票記載事項証明書の提出を求めた経過について、
〔1〕令和元年11月1日頃、Fを通じて、入社手続において必要な書類を記載した書面(住民票記載事項証明書を含む。)を交付したが、Aからは提出がなく、その理由についてFから家族との折り合いが悪いとの説明を受けた、
〔2〕再度書面を交付して提出を求めたが提出する必要はない旨の回答があったため、履歴書に記載された電話番号に電話をかけ、Aの息子の妻と称する女性に対して住民票記載事項証明書の提出が必要である旨を説明した、
〔3〕その後も繰り返し提出を求めたが、Aは家族との折り合いが悪いなどと述べて提出しなかった、
〔4〕さらに、Aの代理人と称する者から電話があり、提出の必要がないと言われた、
〔5〕年末調整に際して、Fを通じて、住民票記載事項証明書に代えて公共料金の支払明細書の提出を求めたが、Aは保険証書を持参するのみで、介護保険証や健康保険証を提出することもなかった
旨を供述する。」
(中略)
「F及びGの前記各供述は信用することができ、その供述のとおり、被告がAに対して繰り返し住民票記載事項証明書の提出を求めたこと及びAが被告に対して保険証書を提示するのみで介護保険証等を提出していないことが認められる。」
「期間の定めのない労働契約において労働者が自ら名乗っている人物と同一人物であるかなどを把握することは極めて重要な事柄であるといえる。そして、本人確認の重要性に照らして、住民票記載事項証明書の提出を求めることは労働者に過度の負担を強いるものではない。」
「そうすると、就業規則の規定にかかわらず、Aは被告から住民票記載事項証明書の提出を求められた際にこれに応じる義務があったといえ、被告がこれに応じないことを理由として本件労働契約を維持することができないと判断したのはやむを得ないというべきである。」
「これに対して、原告は、労務の提供に問題がない場合にも本人確認ができないことを理由として直ちに解雇することはできないと主張するが、本人確認ができないまま雇用を続けることを使用者に強いるのは相当でない。」
「また、原告は、住民票記載事項証明書は第三者でも取得することができるので本人確認の能力がなく、その他の書類の提示によって本人確認はできているとも主張する。しかし、住民票記載事項証明書は公的機関によって発行される書面であって第三者が当然に取得し得るものではなく・・・、本件通知書や保険証書等と比べても、これを取得して持参することをもって本人確認に資する書面であるといえる。また、前記認定のとおり、Aは被告に対して保険証書を提示するのみで介護保険証等を提出していない・・・。」
「したがって、これらの原告の主張は、いずれも採用することができない。」
「さらに、原告は、Fが、被告の指示により、日頃から原告に対して辞めてもいいなどと述べていたが、令和2年12月、業務終了後のAに対し、『疲れたでしょう』『もう辞めてもいいよ』などと告げ、Aがこれを拒否すると、就業場所の最寄り駅まで携帯電話で通話しながら追いかけ、通話相手に対して『あの人辞めないらしいですよ』などと述べたとして、このFの行為は、被告の嫌悪の情に基づいてAを退職に追い込むものであり、本件解雇の客観的合理性及び社会的相当性を否定する事情であると主張する。そして、Aの陳述書・・・にはおおむねこれに沿う記載がある。」
「しかし、Fは証人尋問においてこれを否定しているところ、原告が主張するFの言動を裏付ける証拠はない。したがって、FがAに対して前記の言動をしたとは認められない。」
「以上のほか、本件における原告のその他の主張は、いずれも前記の判断を左右するものではない。したがって、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であって、有効である。」
3.時々ある問題
頻繁に目にするわけではありませんが、採用後、会社から住民票やマイナンバーの提出を求められ、これに応じないことでトラブルになる例があります。
会社側の事務処理上の都合は、理解可能なことではあります。
ただ、住民票の提出は「公正な採用選考の基本」との関係が問題になります。
マイナンバーとの関係でも、厚生労働省が、
「マイナンバーを提供しないことを理由とする賃金不払い等の不利益な取扱いや解雇等は、労働関係法令に違反又は民事上無効となる可能性があります。」
とマイナンバーの不提供を理由とする不利益取扱いを戒めていることとの関係が問題になります。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000122574.pdf
事件化した場合、裁判所がどのような判断をするのかが気になっていたのですが、裁判所は、住民票記載事項証明書との関係では、解雇を認めるという判断をしました。
裁判所の判断は、会社からの書類提出要請に対し、どのような態度をとるかを考えるにあたり参考になります。
