1.パワハラとセクハラの異同
パワーハラスメントもセクシュアルハラスメントも、ハラスメント(許されない行為)という点では共通しています。
しかし、訴訟実務に従事していると、異なると感じられる点も少なくありません。
例えば、立証方法が挙げられます。
セクシュアルハラスメントは人目につかないところで行われるのが普通です。そのため、被害者供述以外の証拠の確保は容易ではありません。こうした事件の性質を考慮してか、立証計画が被害者供述を中心としたものであっても、ハラスメントが認定される例は少なくありません。録音や録画のような直接的な客観証拠がなかったとしても、泣き寝入る必要のない事件は結構あります。
しかし、パワーハラスメントは必ずしもそうではありません。確かに、人目につかないところで行われることもありますが、むしろ、人目につくところで叱責するなど、晒しものにするところに人格を毀損する契機があるという見方もできます。こうした特徴があるからか、裁判所には「裏付けとなる証拠や第三者供述が出てこないのはおかしい」という発想のもとで事実を認定しようと姿勢が看取されます。結果、言った/言わないの論争になると、大体、真偽不明ということでハラスメントの立証は認められません。そのため、パワーハラスメントを問題にする事件では、被害者供述だけで立証計画を立てるのは危険であり、録音などの客観的証拠を確保することが重要になります。
平たく言うと、訴訟における「立証」とは、手元にある証拠と経験則を組み合わせ、裁判所を説得する作業のことです。
そのため、実務家は、普段から裁判例を読み込むことで裁判所で活用できる経験則(必ずしも日常社会生活で使われている経験則とは一致しないため、裁判例を読み込まないと分からない)に目を光らせているわけですが、近時公刊された判例集に、パワハラ事案において、セクハラ事案と類似する経験則を判示した裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.10.30労働判例ジャーナル155-22 さいたま市事件です。
2.さいたま市事件
この事件で被告になったのは、普通地方公共団体であるさいたま市です。
原告になったのは、市立中学校で教頭として勤務していた方です。
教育委員会から異動してきたd校長からパワーハラスメントを受け、精神疾患等を発症して休職せざるを得なくなったなどと主張し、損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。
裁判所はパワーハラスメントを受けた事実を認定したうえ、損害論との関係で次のような判断を示しました。
(裁判所の判断)
「dの原告に対するパワハラは、本件中学校においてパワハラの防止のために部下教職員を指導すべき立場にある校長自身によって短期間のうちに集中的に、かつ恒常的に繰り返されていたものであり、その部下(教頭)である原告の受けた精神的苦痛は甚大なものであったということができる(原告がdの言動に対する拒否的な姿勢を示していなかったことがあるとしても、職場でパワハラを受けた被害者が内心でこれに強い不快感、屈辱感等を抱きながら、職場の人間関係が悪化することや更なるパワハラ被害を受けることを懸念して加害者に対する抗議や抵抗をちゅうちょすることが少なくないことに照らせば、上記判断を左右する事情であるとはいえない。)。それだけではなく、原告は、dの原告に対するパワハラに起因して4月期の時間外在校等時間が前年度の同月期と比較して約75時間も増加するなどして心身共に疲弊し、メニエール病や適応障害を発症した結果、短期間の休職を経ただけでは職場に復帰することができず、休職命令まで受け、長期の休業を余儀なくされたもので、これにより、原告の休職後1年間の給与・賞与額(339万3721円)は休職前1年間の給与・賞与額(676万8651円)と比較して337万4930円も減少したこと(当事者間に争いがない。)が認められ、かかる損害(原告主張の逸失利益の実質は休業損害であると認める。)はdの違法行為(パワハラ)と相当因果関係のある損害ということができる。」
3.加害者に対する抗議や抵抗をちゅうちょすることが少なくない
セクシュアルハラスメントの被害者心理について、最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件は、
「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」
との経験則を示しました。
これがパワーハラスメントにも妥当するのかについては二通りの考え方があります。
一つは、ハラスメントを受けた被害者心理として等しく妥当するという考え方です。
もう一つは、①性被害とは異なり被害を訴えることに羞恥心を感じるものではないはずだ、②好意を示してきているセクハラ加害者との関係の維持を気にするのは分かるが悪意を示してきているパワハラ加害者との関係の悪化を気にする理由はないだろう、といったように、セクハラとの差異を強調し、パワハラには妥当しないとする考え方です。この考え方のもとでは、「パワハラが事実であれば(直接的な抵抗はできないにせよ)相談窓口への被害申告すらないのはおかしい」という経験則が通用することになります。
ハラスメントの存否という脈絡ではなく、損害論との関係ではあるものの、裁判所は、パワーハラスメントにもL館事件最高裁判決が示したセクハラに関する経験則が妥当することを認めました。これは、立証実務との関係で、結構なインパクトを持ってくる可能性があります。
パワーハラスメントを問題にするとき、使用者側から「そのような事実があったのであれば、なぜ相談窓口に相談した形跡すらないのか」と反論されることがあります。そうした場合には、本裁判例を活用して行くことが考えられます。
