懲戒処分-余罪(懲戒事由を構成する事実以外の事実)による処分量定の加重が戒められた例

1.懲戒事由以外の事情が大量に主張される問題

 労働契約法15条は、

使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 大雑把に言うと、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合」

とは、就業規則で定められた懲戒事由に該当する場合をいいます。

 就業規則で定められた懲戒事由に該当する行為があり、

当該行為の性質、態様、その他の事情

を考慮し、

客観的に合理的な理由、社会通念上の相当性

が認められる場合に限り、懲戒処分は有効となります。

 懲戒処分の効力の有無は上述のような枠組みのもとで判断されるのですが、いざ懲戒処分の効力を争おうとすると、使用者側から懲戒事由に該当する以外の経緯(他の非違行為)が大量に主張されることがあります。

 懲戒事由は何かと問い質した時には、

A事実である、

とだけ言っていたにもかかわらず、懲戒処分の効力を争って訴訟を提起すると、

懲戒事実はA事実だけであるが、

その他の事情として、B事実もC事実もD事実もE事実も・・・ある、

という反論が展開されるという現象です。

 私が経験した事件の中にも、

懲戒事由と構成する事実は特定の簡単な出来事だけであるのに、

「その他の事情」として過去10年前にまで遡って大量の事実が主張されたこと

があります。過去10年間に渡る事実経過や非違行為が延々と大量に主張されるのです。ここまでくると、最早懲戒事由は一体何なのだということになりますし、審理の対象は拡散して訴訟が長期化しますし、一定の限度に主張が制限されて良さそうにも思うのですが、使用者側が主張を引っ込めるということは基本的にありません。

 このように「その他の事情」という名目のもとで、延々と余罪的な非違行為が持ち出されることには常々辟易としていたのですが、近時公刊された判例集に、懲戒事由以外の非違行為を重視することを戒めた裁判例が掲載されていました。東京地判令6.3.8労働経済判例速報2570-31 イオン銀行事件です。

2.イオン銀行事件

 本件で被告になったのは、銀行業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告で副店長として勤務していた方です。

 別会社の某店舗(本件被害店)の店舗に配置されていた販促物である洗濯用洗剤1点を同店舗の営業時間前に取得したことが窃盗罪に該当するとして、懲戒解雇を受けました。これに対し、懲戒解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件でも、被告は、

「本件非違行為は人の財物を預かる銀行業務に携わる銀行員として決して許されない行為であるばかりか、原告は、同行為以前にも、複数回にわたって本件被害店に配置された販促物を取得することを繰り返していた。また、原告は、被告松本店の副店長であり部店コンプライアンス管理者として社内においてより清廉性が求められる立場にあった。さらに、原告は、本件非違行為が不適切であることは認めるものの、窃盗罪に該当することまでは認めておらず、規範意識が欠けているといわざるを得ない。これらの本件非違行為の性質及び態様その他の事情に照らせば、本件懲戒解雇は社会通念上相当なものであり、有効である。」

と余罪がたくさんあるから懲戒解雇は有効だという主張を展開しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、令和5年3月21日の朝、被告松本店に出勤する途上、営業開始前の本件被害店に配置されていた本件物品1個を取得した(本件非違行為)。本件物品は、販促物として、『お一人様一個 ご自由にお取りください』との表示がされ、店頭を通行する顧客が手に取りやすい状態で配置されていた。」

「原告は、本件非違行為に及ぶ前の令和5年3月7日から同月19日にかけても、昼休憩時又は退勤直後に、本件被害店に配置されていた販促物である洗濯用洗剤を9日にわたり合計10個取得した・・・。」

「ただし、原告は、これらの取得は本件被害店の営業時間内に行ったものであると供述しており・・・、本件記録上もこれらの行為が営業時間外にされたことは認められない。」

(中略)

「顧客の財物を預かる銀行業務に携わる銀行において副店長の職にあった原告が被告の信用を大きく失墜させかねない窃盗罪に該当する行為を行ったことは、厳しい非難に値するものである。実際にも、本件被害店やA松本店に、被告の銀行員による犯行であることが発覚するに至っており、被告への信頼を大きく失墜させたことも考慮すると、原告が懲戒処分を受けることは避けられないといえる。」

「しかし、本件非違行為は、被告松本店の近くで行われた窃盗事案とはいえ、出勤前に被告の業務とは関係のない中で行われた私生活上の窃盗であり、銀行員がその業務中に行った窃盗事案に比べれば悪質性が高いとはいい難い。また、前記1の認定事実によれば、本件物品は、店頭を通行する際に手に取りやすい状態で販促物として配置されていたこと、本件物品は販促物でありそれほど高価なものではないこと、原告が本件被害店や被告等に対し迷惑をかける行為であったことを認め反省の態度を示し、本件非違行為を行ったその日のうちに同店に謝罪していること、同店も被害届を提出しないと判断していることが認められる。さらに、本件記録上、原告には同種行為による処分歴や前科等は認められない。」

「以上の諸事情を総合考慮すれば、本件非違行為に対しては、企業秩序維持の観点からみて、懲戒解雇より緩やかな処分を選択することも十分に可能であったといえ、本件非違行為のみを理由に最も重い懲戒処分である懲戒解雇を選択したことは、重きに失するといわざるを得ない。」

この点、被告は、原告が本件非違行為の前に複数回にわたって本件被害店の販促物を取得していたことについても窃盗行為に該当し得るとして、本件懲戒解雇の相当性を基礎づける事情の一つに挙げている。しかし、前記・・・のとおり、これらの取得行為が本件被害店の営業時間外に行われたとは認められないこと、本件被害店がこれらの行為を窃盗として捉えていたことを認めるに足りる証拠はないことなどからすると、原告の懲戒処分を検討するに当たり、これらの行為を本件非違行為と同様の窃盗事案として考慮するのは相当でない。また、この点を措くとしても、本件懲戒解雇の懲戒事由はあくまで本件非違行為のみであるから、本件懲戒解雇の相当性判断において、その余の取得行為を重くみることは相当でない。

「このほかにも被告はるる主張するが、いずれも、以上の認定判断を左右し、本件懲戒処分が社会通念上相当であったと認めるには足りない。」

「以上によれば、本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、懲戒権を濫用したものであって、無効である。」

3.傍論ではあるが・・・

 傍論ではあるものの、裁判所は、懲戒事由が本件非違行為のみであることを指摘し、本件懲戒解雇の相当性判断において、それ以外の取得行為を重く見ることは相当ではないと判示しました。

 これは余罪による処分量定の加重に一定のタガを嵌めたものと評価できます。

 大量の「その他の事情(経緯)」が主張される現象は問題だと思います。10年前に問題だと思っていたのであれば10年前に処分すれば良いだけの話ですし、本件についても「その余の取得行為」が重要だと考えていたのであれば、懲戒事由として「その余の取得行為」も指摘しておけば良いだけの話です。懲戒事由としては一部の事実のみ指摘していながら、訴訟になると大量の事実を主張する自由を認めるのは、無用な紛争を誘発しますし、効率的な審理という観点からも望ましくないと思います。

 本件のような事案を通じ、余罪の主張、立証が本質的な意味を持たないものとして扱われることが強く望まれます。