1.残業代計算の仕組みと「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」
労働基準法37条1項本文は、
「使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」
と規定しています。
この「通常の労働時間又は労働日の賃金」を算定基礎賃金といいますが、労働基準法37条5項は、
「第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。」
と規定しています。
要するに、一定の賃金項目は、算定基礎賃金から除外されるということです。
この一定の賃金項目として、労働基準法施行規則21条は、
一 別居手当
二 子女教育手当
三 住宅手当
四 臨時に支払われた賃金
五 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金
の五項目を掲げています。
昨日は「臨時に支払われた賃金」を取り扱いましたが、本日は「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」に焦点を当ててみたいと思います。
より具体的に言うと、
制度自体は3か月おきに一定額を支払うような建付けにしておいて、
1か月目、2か月目にも仮払として一定額を支給する、
といったような建付けになっている賃金項目は、除外賃金である
「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」
に該当するのでしょうか?
昨日ご紹介した、大阪地判令6.9.13労働判例ジャーナル154-32 アヴァック事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.アヴァック事件
本件は、いわゆる残業代請求訴訟です。
本件で被告になったのは、食品物流を事業内容とする株式会社です。
原告になったのは、被告の営業所で、保冷車に乗務して食品類を配送する業務に従事していた方です。
本件では
「従業員の内、正社員の運転手の主任以下で、車両事故の発生のない者に対し3ヶ月を目途に評価の対象として表彰する。」
との規定に基づいて、概ね月2万円ずつ支給されていた「無事故報奨金」が「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」に該当するのか否かが問題になりました。
この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、 無事故報奨金は「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」には該当しないと判示しました。
(裁判所の判断)
「被告は、令和2年1月頃までは、賃金規程17条に基づき、受給資格のある従業員に対し、給与明細上、1か月目と2か月目は各2万円を仮払いし、3か月目に6万円を支給して仮払金4万円を被告に返還させる形にして、無事故報奨金(給与明細上の表記は『無事故表彰』。)を支給していた(給与明細では、3か月目に『無事故表彰』として6万円を支給し、『仮払金』として4万円を控除。・・・)。しかし、令和2年3月分(支払日:同年4月5日)の給与からは、無事故報奨金について、給与明細には記載せず、銀行振込みではなく、『無事故報奨金』と記載された祝袋に現金を入れて、毎月2万円を支給するようになった(以下では、支給方法や表記の変更の前後を問わず、『無事故報奨金』という。)。」
「被告は、令和5年6月分(支払日:同年7月5日)からは、無事故報奨金を仮払いする運用を取りやめ、3か月無事故の場合、3か月目に6万円を支給している」
(中略)
・令和2(2020)年10月分から令和5(2023)年5月分まで
「同期間について、被告は、従業員が無事故の場合に、1か月目及び2か月目は仮払いで各2万円ずつを支払い、無事故が3か月間継続した際に2万円を支払って、無事故報奨金として3か月に一度、6万円を計上していた旨主張し、無事故報奨金は『1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金』及び『臨時に支払われた賃金』に該当するから、いわゆる除外賃金に当たると主張する。」
「しかし、仮に、会計処理としては被告の主張するとおりになされていたとしても、被告は、従業員に対し、1か月間無事故の場合に毎月2万円を『無事故報奨金』と記載された祝袋に入れて現金で交付していたのであり・・・、3か月の間に1回事故を起こすと、事故を起こした当該月の分については、無事故報奨金は支給されないものの、残りの2か月については、毎月2万円ずつが現金で支給されていたというのである(被告の主張・・・からしても、従業員が3か月の間に1回事故を起こすと、当該月の無事故報奨金2万円は支払われないものの、残りの2か月分について2万円ずつ合計4万円の無事故報奨金は支払われていたと認められる。)。」
「『1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金』(労働基準法施行規則21条5号)が除外賃金とされた趣旨は、毎月支払われるものではなく、計算技術上の困難を伴うためであるところ、上記のような運用の下では、事実上、1か月当たり2万円の無事故報奨金が支給されていると評価することができるから、計算技術上の困難を伴うという上記の趣旨は当てはまらない。よって、『1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金』には該当しないというべきである。」
「また、『臨時に支払われる賃金』(労働基準法施行規則21条4号)とは、『臨時的、突発的事由に基づいて支払われたもの及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、且つ非常に稀に発生するもの』をいうところ(昭22.9.13発基17号)、被告における無事故報奨金の支給実績を見ると、ほぼ毎月2万円が支給されており、支給されない月の方が稀であることからすると、『臨時に支払われた賃金』にも該当しない。」
「よって、上記期間については、無事故報奨金はいわゆる除外賃金には当たらないというべきである。」
(中略)
・令和5(2023)年6月分及び同年7月分について
「被告においては、令和5年6月分からは、無事故報奨金について、月額2万円を仮払いする運用を取り止め、3か月間無事故の場合に、3か月目に6万円を支給することに改めている(すなわち、文字どおり、3か月間無事故である場合でなければ無事故報奨金の支給は受けられず、1か月当たり2万円を前提とする運用がなされなくなった)ことは争いがない。」
「かかる運用状況によれば、『毎月支払われるものではなく、計算技術上の困難を伴う』という上記・・・記載の趣旨が当てはまることになるから、無事故報奨金は『1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金』に該当し、いわゆる除外賃金に当たるというべきである。」
3.運用変更前は除外賃金にあたらないとされたことはいいが・・・
裁判所は、上述のとおり、仮払だろうが毎月支給されていれば、計算技術上の困難はないのだから「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」には該当しないと判断しました。これは規定よりも実体に即した判断をしたものとして、実務上、一定の参考になるように思われます。
ただ、その一方で、3か月おきに支給するよう運用を変更してからの分を「1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」に該当するとしたことは、問題ではないかと思います。確かに、規定には沿うのかもしれませんが、実質的にみれば、労働条件の不利益変更以外の何物でもないように思います。また、1か月毎に支給できるものを、わざわざ3か月毎に支給しなおして基礎賃金を削るというのは、いかにも法潜脱的であるようにも見えます。
除外賃金への該当性は争われることが少なくないこともあり、引き続き、裁判例の動向を注視して行く必要があります。
