業務用携帯電話について、返還の遅れ1日につき1万円を支払うとの違約金の定めが一部公序良俗に反するとされた例

1.備品の貸与に関する違約金

 昨日、外国人労働者を時給1000円で雇用した行政書士が、「逃げちゃう」ことを防止するため、パスポート管理契約を締結し、労働者からパスポートを預かっていた事件を紹介しました(横浜地判令6.4.25労働判例1319-104 アドバンスコンサル行政書士事務所事件です)。

外国人労働者からパスポートを預かって働かせるスキームが不法行為に該当するとされた例 – 弁護士 師子角允彬のブログ

 この事案では、

「パスポートの管理方法はすべて甲が決定するものとする。」

「パスポートの保管期限はすべて甲が決定するものとする。」

「乙がパスポートを使用するには、甲が定めた様式により書面により甲に申請書を提出して甲の許可を得なければならない。その際には、甲の指示に従うようにするものとする。」

などの条項を含んだパスポート管理契約が公序良俗に反すると判断されました。

 しかし、本件で公序良俗違反が問題になったのは、パスポート管理契約だけではありません。業務用の携帯電話について、返還の遅れ1日につき1万円を支払うという違約金条項も、公序良俗に反するとして、その効力が一部否定されています。この部分の判示も実務上参考になるため、紹介したいと思います。

2.アドバンスコンサル行政書士事務所事件

 本件で被告になったのは、横浜市で事業を行う行政書士の方です。

 原告になったのは、平成29年4月に留学生の在留資格で来日したフィリピン人女性です。この方は、被告に「技術・人文知識・国際業務」への在留資格の変更申請を依頼した後、被告との間で、時給1000円で通訳業務等に従事する労働契約を締結しました。

 労働契約を締結した際、原告と被告との間では、

パスポート管理契約や、

学位記等の甲(行政書士)指定する物品に関する契約、

携帯電話使用貸借契約

個人情報及び業務情報及び機密保持契約

といった契約も締結されていました。

 本日、焦点を当てたいのは、携帯電話使用契約です。

 この契約は、次のような条項で構成されていました。

(裁判所で認定されている携帯電話使用貸借契約の内容)

「第1条(総則)

携帯電話貸与の目的は、甲の事業のためであり、乙は常時携帯電話を携帯しなければならない。乙は甲の業務に必要な範囲で次条以下の条件に従い貸与した携帯電話を使用できるものとする。

第4条(返還)

(1)甲から携帯電話の返還を求められた場合には即日返還しなければならない

(2)やむを得ない事情により即日に返還できない場合には翌日に返還するものとする。

(3)甲が返還を求めたにもかかわらず、乙が返還を拒んだ場合には甲は乙を横領罪として刑事告訴することがある。

(4)返還が1日遅れ場合には、1日につき違約金として1万円(いちまんえん)を乙は甲に支払わなければならない。

(5)携帯電話の返還の場所及び日時は甲が指定するものとする。

第6条(差止請求、予防、損害賠償)

本契約の各条の違反行為によって利益が侵害されまたは侵害される恐れがある場合、甲は乙に対して、その侵害の停止又は予防を請求すること(以下『差止請求』という)ができるものとする。また、甲は乙に対して差止請求に加えて、侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することが出来るものとする。さらに、甲は乙に損害賠償請求ができるものとする。」

 本件では、

パスポートの返還を受けられなかったこと等について慰謝料を請求した原告に対し、

被告側から携帯電話使用貸借契約違反を理由とする損害賠償を求める反訴が提起されました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、携帯電話使用契約の反公序良俗性を指摘し、被告の請求を10万円の限度に制限しました。

(裁判所の判断)

「原告は、令和元年5月8日、携帯電話使用契約書に署名押印しているところ、原告と被告との間では、前記・・・認定のとおり、同契約書記載のとおりの契約が成立し、原告は、同契約に基づき、携帯電話の引き渡しを受けたものである。」

「認定事実・・・及び携帯電話使用契約・・・によれば、被告から貸与された携帯電話は、被告の業務のために使用する目的で原告に貸与されたものであり、原告は、被告から返還を求められた場合には、即日返還しなければならない旨の定めが置かれているところ、被告は、令和元年7月19日、貸与した携帯電話を用いたやり取りの中で、Eを介して、原告に対し、『とりあえずこの携帯は会社のなので、事務所のスタッフに渡してください。』とその返還を求め・・・、本件組合に宛てられた同月21日付け『回答書』・・・の中でも、『携帯電話は会社が貸与したものであり、すぐに返却をするようにX1氏にお伝えください。』と返還を求めている。」

「このように、被告は、同月19日には、貸与した携帯電話の返還を求めているのであるから、原告は携帯電話を返還するべき義務を負い、遅くとも同月22日、本件事務所を訪れた際には、携帯電話を返却することができたというべきであり、原告は、同日から実際に携帯電話を返還した同年9月9日までの50日間、携帯電話の返還義務を遅滞したものというべきである。」

「原告は、携帯電話の返還義務と、本件パスポート等の返還義務は同時履行の関係にあるから、被告が本件パスポート等を返還しなかった以上、原告も携帯電話の返還義務につき、債務不履行責任を負わない旨主張しているが、そもそも、本件パスポート等と携帯電話は、異なる契約に基づいて、互いが管理することとなったものであり、両者に対価関係がないことは明らかであるから、これについての原告の主張は、採用できない。」

「被告は、携帯電話使用契約4条(4)に基づき、1日当たり1万円の違約金を請求しているところ、原告は違約金の定めが、不当に高額であり、公序良俗に反して無効である旨主張している。」

「この点、原告が貸与を受けた携帯電話機は、それ自体高額で、容易に転売、換価が可能な電子機器であり、これにつき、横領等の不正行為を防ぐため、貸与契約に違約金の定めを置くこと自体は、何ら違法なものではない。もっとも、携帯電話の返還を長期間受けられなかった場合、貸与者は当該携帯電話の通信契約を解約し、新たな携帯電話を購入するなどの方法で、損失の拡大を防ぐことができる一方、上限を設けず、1日1万円の違約金を定めれば、貸与を受けた者は、貸与者に生じた損害よりもはるかに上回る損害を、違約金により補填する義務が生じることとなりかねず、不当な結果を招きかねない。

したがって、携帯電話使用契約の違約金の定めについては、携帯電話の横領等、不正行為を防止するといった違約金を定める趣旨を踏まえ、被告に通常生じ得る損害を上限とすべきであって、それを超える支払義務を課す違約金条項については、その範囲で公序良俗に反し、無効となると解すべきである。

本件において、原告は、令和元年7月22日から同年9月9日まで、携帯電話の返還を遅滞しているところ、その間、被告は1か月当たり3200円前後の利用料を負担しているほか・・・、当該携帯電話を利用することができない不利益が生じている。これに加え、原告に貸与された携帯電話の経済的価値は定かでないものの、通常、携帯電話は転売価値のある高価なものであること、当該携帯電話には、被告の顧客の電話番号などの個人情報が含まれていたと考えられることも踏まえれば、原告と被告との間の携帯電話契約の違約金は、10万円をその上限とすべきであって、これを超える約定違約金は、公序良俗に反するというべきである。

「以上によれば、原告は、被告に対し、携帯電話使用契約に基づき、違約金として、10万円の支払義務があると認めるのが相当であり、これを超える被告の請求は理由がない。」

3.端的に労働基準法16条違反としても良かったのではないか?

 労働基準法16条は、

「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」

と規定しています。

 この条文がカバーする領域は割と広く、

「労基法16条で禁止の対象とされる違約金,損害賠償額の予定の定めの典型例は,労働者が約束された期間の途中で退職する場合に一定の金銭を支払う旨の定め,労働者が遅刻,無断欠勤,不注意による不良品の生産等をした場合に一定の金銭を支払う旨の定め,労働者が使用者の機械・器具等を破損した場合の損害賠償額を予定する定め,労働者が営業や取引上会社に損害を発生させた場合にその損金を支払う旨の定め,私的交際禁止に違反した場合の違約金を定める同意書などである。」

と理解されています(水町勇一郎 『詳解 労働法 第3版』〔東京大学出版会、2023年〕277頁参照)。つまり「労働契約の不履行」とは途中対象のような労務提供義務の不履行だけではなく、労働契約に付随する義務の不履行まで含まれます。そう考えると、本件に関しては、公序良俗違反とするよりも、労働基準法16条違反として、違約金の請求そのものを否定するという法律構成も取り得たのではないかと思います。

 ただ、このロジックが適用可能なのは、あくまでも労働契約に限られます。

 本件で労働基準法16条違反との判断に至らなかった理由は不分明ですが、裁判所が判示している論理は、フリーランス等に関連する違約金請求事件など、何等かの理由で労働基準法16条違反という法律構成がとりにくい事件に取り組むにあたり、実務上参考になります。