自由な意思の法理-説明をしない使用者の対応が問題視された例

1.労働条件の不利益変更をするにあたり使用者が理由を説明しない問題

 解雇の場合、解雇理由証明書の交付によって、労働者は解雇理由を知ることができます(労働基準法22条)。これによって、解雇権の行使が正当なものなのか、それとも、法的に是正可能な濫用的なものなのかを予測することができます。問題事案であるという予測が立てば、躊躇なく法的措置をとることができます。

 しかし、賃金の減額など労働条件が不利益に変更される場合に、その理由の説明を義務付ける条文は設けられていません。そのため、使用者から労働者に十分な説明が行われないケースは、実務上、少なくありません。

 なぜ、説明がされないのかというと、労働者に余計な情報を与えたくないからです。

 例えば、経営状態の悪化が理由である場合、正直に財務状態を説明すれば、大量離職を誘発しかねません。労働者を退職に追い込むことが動機になっている場合に、正直に「気に入らないからだ」と言えば、訴訟を誘発することになります。そこまで極端な場合ではなくても、理由を明らかにしなければ、

労働者の側で勝手にあれこれ理由を想像してくれるため、法的措置をとることが抑制されますし、

訴訟になった場合に、あれもこれもと思いつく限りの事情を主張しやすくもなります。理由を明示してしまうと、法的措置をとった場合の結論を読ませてしまいますし、訴訟になった場合に、明示したもの以外の理由を挙示しにくくなります。

 このような事情から、労働条件の不利益変更にあたっては、理由が明示されにくい状況が続いていました。

 しかし、 最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件が、

「使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁、最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁等参照)。」

「労働者への情報提供又は説明の内容等」

を賃金等の労働条件の不利益変更の個別合意の効力を考えるにあたっての考慮要素として挙示して以来、こうした杓子定規な対応が問題視される例が目に見えて増えています。昨日ご紹介した、東京地判令6.6.27 労働判例ジャーナル154-56 サークル事件も、そうした裁判例の一つです。

2.サークル事件

 本件で被告になったのは、コンピュータシステムの保守・管理、ソフトウェア開発等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、平成元年11月に被告から正社員として採用され、自社製品ソフトウェアの開発やメンテナンス業務に従事していた方です。令和3年12月31日付けで被告を定年退職した後、平成24年2月以降の賃金減額の効力を争い、未払賃金の支払い等を求めて被告を提訴したのが本件です。

 賃金減額前、原告の月額給与は55万円でしたが、この方は、平成22年9月26日に脳出血を発症して左方麻痺と診断され、平成24年1月31日まで休職していました。

 その後、平成24年2月1日に在宅勤務の携帯で業務に復帰しましたが、「調整給」と称して賃金を28万円減額されました。賃金の減額幅は、30万円になったり、27万円になったりするのですが、こうした取扱いが定年退職まで継続していました。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、賃金減額の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁、最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁等参照)。」

「前記・・・の認定事実によれば、原告は、本件休職から復帰後、平成24年2月分から平成25年1月分までの月額給与が調整給名目で28万円を減額され、平成25年2月分から平成27年1月分までの月額給与が調整給名目で30万円を減額され、平成27年2月分から令和3年12月分までの月額給与が調整給名目で27万円を減額されたことが認められ、これらの各賃金減額は、本件休職前の原告の月額給与の職能給及び職務給の合計額が50万円であったことに比して、いずれも50%を超える非常に大きい減額幅であった。その上、上記の各賃金減額に際しては、いずれも激変緩和措置は盛り込まれていなかったほか、原告の在宅勤務と身体障害が減額理由であったとする被告の主張を前提とすれば、身体障害の回復や在宅勤務の解消が想定されない原告にとって、調整給名目での賃金減額は退職まで継続する性質のものであったといえ、仮に、被告において賃金減額が原告の退職回避のための恩恵的な措置として在宅勤務制度を講ずる条件であったとの認識があるにしても、本件休職中から本件休職以前と質的に大きな差異があるとは認められない稼働実態であった原告にとって、不利益は過大であったものといわざるを得ない。」

そうであるにもかかわらず、被告は、上記各減額を行うに先立ち、原告に対し、前記・・・の前提事実・・・の各給与通知書を一方的に送付するのみであったのであり、原告に対し、上記のような大幅な賃金減額を行う理由の説明を全く行っておらず、原告が平成27年1月頃に調整給はなくならないのかを尋ねた際には、会社の決定である旨の回答をするのみであって、本件訴訟に至るまで、減額の理由を明らかにしていなかったことが認められる。また、被告は、原告に対し、承諾の意思を明確にするための書面を作成したこともなければ、個別に承諾の意思を確認したこともなく、平成24年2月の賃金減額について、原告の承諾の意思表示を明示的に求めようとしたこともなかったのであり、そのような状況の中で、平成24年2月の賃金減額後の同僚との電子メール上での雑談を通じて被告の経営悪化が賃金減額の理由であるとの認識を有していた原告が、その後に被告において経営悪化による人員削減が実行された事態を見て、賃金減額について異議を述べれば人員削減の対象になるなどとの危惧を有していたとしても不合理とはいえない状況であった。そうであるとすれば、たとい原告が本件休職から復帰した平成24年2月分から退職月の令和3年12月分までの各月額給与について、調整給名目で賃金が減額され続けていたことについて、退職直前まで明確な異議を述べることなく、減額後の月額給与の支給を受け続けていたとしても、これをもって、原告が平成24年2月の賃金減額を自由な意思に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない。

「したがって、平成24年2月の賃金減額につき、原告と被告との間で黙示の合意が成立していたということはできない。」

3.説明をしない態度が問題視された

 本件では説明しないことにより労働者が疑心暗鬼に陥り、長期間に渡って法的措置をとることを抑制されてきました。裁判所は、この事態を問題視し、賃金減額措置に異議が述べられていなくても、そのようなものは「自由な意思」に基づく承諾ではないとして、賃金減額の効力を否定しました。

 やはりメリットがないからといって労働者に情報提供をしない姿勢は、公平でも公正でもないように思います。こうした状況を是正するためには、本裁判例のように、説明をしない姿勢がデメリットを生じさせる判断が積み重ねていくが重要なのだと思います。

 本裁判例は、使用者側の説明をしない態度が問題視された事案としても、実務上参考になります。