公務員の退職手当-辞職して減給処分を受けるに留まっても、退職手当の全額が不支給とされた例

1.公務員の退職金(退職手当)

 国家公務員の場合、懲戒免職処分を受けると基本的に退職手当の全額が不支給になります。これは、

昭和60年4月30日 総人第 261号 国家公務員退職手当法の運用方針 最終改正 令和4年8月3日閣人人第501号

という文書が、退職手当支給制限処分の根拠となる国家公務員退職手当法12条の運用について、

「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする。

と定めているからです。

内閣人事局|国家公務員制度|給与・退職手当

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/sekougo_2.pdf

 それでは、懲戒免職処分を受けに先立って辞職を申し出て、より軽微な懲戒処分を受けるとともに辞職扱いにしてもらった場合はどうなのでしょうか?

 公務員の場合、退職処分や退職発令などと呼ばれる行政処分に基づいて退職扱いとされるため、辞職を申し出たところで必ずしも懲戒処分を免れることができるわけではありません。処分行政庁としては、辞職の申出を承認せず、懲戒免職処分を行うこともできるからです。

 しかし、一般論として、辞職を申し出ることは、懲戒処分の軽減事由になります。辞職が申し出られていることを考慮し、懲戒免職処分まではせず、より軽い処分が行われたうえで退職処分がなされることは、実務上、少なくありません。

 こうした場合、退職手当の支給を受けられるのかというのが本日のテーマです。

 読者の中には、懲戒免職処分を受けていないのであれば、退職手当は保全できると考える方が要るかも知れません。

 しかし、話はそう簡単ではありません。

 この問題を考えて行くためには、国家公務員退職手当法の構造を理解する必要があります。

 国家公務員退職手当法12条1項は、

「第十二条 退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。

一 懲戒免職等処分を受けて退職をした者

二 国家公務員法第七十六条の規定による失職又はこれに準ずる退職をした者

と規定しています。

 懲戒免職処分を受けた方に退職手当の支給が制限されるのは1号に該当するからです。

 問題は2号です。

 国家公務員法76条は、

「職員が第三十八条各号(第二号を除く。)のいずれかに該当するに至つたときは、人事院規則で定める場合を除くほか、当然失職する」

と規定しています。

 ここで引用されている国家公務員法38条は、

「次の各号のいずれかに該当する者は、人事院規則で定める場合を除くほか、官職に就く能力を有しない。

一 禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者

(以下略)」

という規定です。「執行を受けることがなくなるまでの者」には執行猶予付きの有罪判決が言い渡された方も含まれます。執行猶予期間が無事に経過するまでの間は、国家公務員法38条の欠格条項に該当することになります。

 つまり、非違行為が何等かの犯罪に該当して起訴されて禁錮以上の処分量定を受けた場合、執行猶予が付いていたとしても、欠格条項に抵触することになって自動的に退職します。

 国家公務員退職手当法は、これとの均衡を考えた制度設計をしており、辞職して退職をした者であったとしても、退職手当が支払われないうちに、在職期間中の行為に係る刑事事件で禁錮以上の有罪判決を受けた場合、退職手当の支給制限処分の対象となることを規定しています(国家公務員退職手当法14条1項1号)。

 この規定があるため、

刑事罰(禁錮以上)を受けるような行為をしたものの、

辞職を申し出ることにより、

懲戒免職処分を免れ、より軽微な処分を受けたとしても、

後に有罪判決の言い渡しを受ければ、

退職手当は支給制限を受けることになります。

 近時公刊された判例集にも、このルールが適用されて、退職手当の全額が不支給とされた裁判例が掲載されていました。東京地判令6.6.24労働判例ジャーナル154-48 国・関東信越国税局長事件です。

2.国・関東信越国税局長事件

 本件で原告になったのは、税務署に勤務する国家公務員の方です。

 離婚訴訟の係属中、元夫に無断でその所得証明書を入手するため、次の非違行為に及びました(本件各非違行為)。

「平成30年5月2日、群馬県F町役場において、委任状用紙の委任者氏名欄に元夫の氏名を記載するなどして同人名義の委任状を偽造した上、同日、これが真正に成立したもののように装い、F町役場の職員に提出して行使し、元夫の平成29年分の所得証明書を入手した。」

「同月11日頃、群馬県内において、委任状用紙の委任者氏名欄に元夫の氏名を記載するなどして同人名義の委任状を偽造した上、同日、これが真正に成立したもののように装い、F町役場の職員に提出して行使し、元夫の平成30年分の所得証明書を入手した。」

 これが発覚し、

令和3年12月20日、有印私文書偽造罪及び同行使罪での起訴、

令和4年2月28日、3月間俸給の月額10分の1を減給する懲戒処分を受けるとともに辞職、

令和4年3月16日、誘因私文書偽造罪及び同行使罪で懲役1年執行猶予3年の有罪判決の言い渡し、

という経過が辿られました。

 その後、処分行政庁が有罪判決の確定を理由に、1653万8910円の退職手当の全部を支払わないこととする退職手当支給制限処分を行いました(本件処分)。

 これに対し、その取消を求めて訴訟提起したのが本件です。

 上述の経過からも分かるとおり、原告の方は懲戒免職処分は受けませんでしたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件処分の適否について検討すると、原告は、児童手当を申請する際の煩雑な手続を回避するとともに、本件離婚訴訟において元夫の提出した所得証明書の内容に疑問をもち、元夫の所得金額を確認する目的もあって、2度にわたり元夫名義の委任状を偽造し、これを行使するという本件各非違行為をし、有印私文書偽造罪及び同行使罪により懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けたものであり・・・、本件各非違行為に至る経緯に酌むべき事情があるとはいえない。また、本件各非違行為は私文書に対する社会的信用を害するものといえ、生じた結果は軽視できないこと、原告は、執行猶予が付されているとはいえ、2度にわたる故意の犯罪行為により懲役1年の有罪判決を受けていることからすれば、本件各非違行為の内容及び程度は重くみるべきものというべきである。さらに、原告の勤務先においては、警察等の捜査機関と接触したときは、速やかに上長に報告するルールとなっていた・・・にもかかわらず、原告は、警察署や検察庁で事情聴取を受けるなどした事実を職場の上長に報告せず、起訴状を受け取った後の令和4年1月5日に至って、これらの事実を初めて報告しており・・・、本件各非違行為後の原告の行為についても、原告に不利に評価すべき点がある。しかも、本件各非違行為は、税務署の職員であった原告が税務に関係する文書を不正に入手するというものであり、公務に対する国民の信頼を損なうものといわざるを得ない。」

「そうすると、原告が財産上の利益を追求して本件各非違行為に及んだものではないこと、原告に前科や前歴がなく、懲戒処分歴もなかったこと、本件各非違行為が公務外の行為であること、本件が報道されておらず、広く公に知られたものではないことなどの原告が主張する事情を踏まえても、一般の退職手当等を全部不支給とした本件処分に係る本件処分庁の判断・・・が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとは認められない。このことは、本件運用方針が、故意の犯罪行為により禁錮以上の刑に処せられ、執行猶予が付せられた場合でも、一部不支給にとどめることを検討できる基準であるとする原告の主張によっても、左右されるものではない。」

「原告は、原告に対する本件懲戒処分は、本件運用方針の第12条関係2号イの『停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合』に当たるから、本件処分庁は、一部不支給にとどめることを検討すべきであった旨主張する。」

「しかしながら、原告は、3月間俸給の月額の10分の1を減給するという懲戒処分(本件懲戒処分)を受けているのであり・・・、懲戒免職等処分を受けたものではないし、また、原告は、本件懲戒処分を受けた日に辞職している・・・が、そのことから直ちに、実質的にみて特に厳しい措置として懲戒免職等処分がされた場合と同等であるとみることもできない。そもそも、原告においては、仮に辞職せずに勤務を継続した場合、本件各非違行為についての有罪判決の確定・・・により、国家公務員法76条の規定によって当然に失職するのであり、懲戒免職等処分を受ける余地はなかったものというべきである。」

「したがって、原告に対する本件懲戒処分をもって、本件運用方針の第12条関係2号イの場合に当たるとはいえず、原告の上記主張は採用できない。」

「原告は、公務員に対する懲戒処分制度と退職手当の支給制限処分は、趣旨や考慮要素が共通しているにもかかわらず、本件処分により、本件懲戒処分に比して退職手当の全部不支給という重い処分が課されており、そのような重い処分が課される合理的理由はない旨主張する。」

「しかしながら、公務員に対する懲戒処分の趣旨は、公務員関係の秩序を維持するためのもの(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)であるのに対し、退職手当の支給制限処分の趣旨は、非違行為の発生を抑止するためのもの(本件運用方針の第12条関係1号)であって、その趣旨は必ずしも一致するものとはいえないし、また、退職手当法14条に基づく支給制限において考慮要素とされているのは、非違行為の内容及び程度を含め、退職手当法12条1項及び施行令17条に列挙された事由であり、懲戒処分の内容については、退職手当の支給制限処分の考慮要素とされていないことも考慮すると、公務員の非違行為について懲戒免職等処分をしなかった場合でも、退職手当の全部の支給制限処分を行うことが妨げられるわけではない。」

「したがって、本件処分により本件懲戒処分に比して退職手当の全部不支給という重い処分が課されることに合理的理由がないとはいえず、原告の上記主張も理由がない。」

3.公務員の退職手当は割と簡単に吹き飛ぶ

 よく公務員は安定していると言われます。しかし、懲戒処分や退職手当支給制限処分に対しては極めて脆弱です。

 懲戒処分が無効になることは滅多にありませんし、一般私企業だと(一部減額はともかく)退職金の全額を不支給とされるような行為ではなかったとしても公務員の退職手当は比較的簡単に全部不支給になります。

 国家公務員退職手当法やその運用方針によって、考えられる限り穴は塞がれてもいます。退職手当の金額が大きいこともあり、公務員の方は、非違行為を犯さないよう細心の注意を払う必要があります。特に、故意に違法行為に及ぶことは、絶対に避けるべきだといえます。