1.パワーハラスメントによる心理的負荷と反復継続性の立証
労災を申請する場面でも、損害賠償を請求する場面でも、パワーハラスメントに基づいて精神障害を発症したと主張する場合、
パワーハラスメントの強度
が問題になります。強い心理的負荷をもたらすレベルに達していない場合、
精神障害の発症は個体側の脆弱性の問題である(普通よりもストレス耐性が弱いから精神障害に罹患したのであって、パワハラが原因で精神障害を発症したわけではない)
と片付けられてしまいます。
パワーハラスメントの強度に関しては、
令和5年9月1日 基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
という行政文書に基づいて判断されるのが通例です。労災の行政実務はもちろん、取消訴訟や労災民訴(損害賠償請求訴訟)でも、これが広く参照されます。
この文書によると、パワハラで強い心理的負荷が発生するのは、
「上司等から、次のような精神的攻撃等を反復・継続するなどして執拗に受けた
▶ 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃
(以下略)」
といった場合であるとされています。
https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf
ここで問題になるのは、「反復・継続性」「執拗性」の立証です。
暴言を直接立証するための証拠として録音があります。
しかし、ハラスメントに晒され、限界を迎えた人が、証拠収集のために録音を開始する時には、大体、メンタルが限界に来ている時です。録音を開始するのはいいのですが、それほど時間が経たないうちに職場に行けなくなってしまいます。職場に行けないと、録音をとることはできません。結果、証拠として記録される録音は、短期間のデータに留まり、
日常的に反復、継続して、執拗に暴言を受けていたのか、
短期間のうちに集中して暴言を受けただけなのか、
が外形からは分からなくなってしまいます。
大抵の場合、加害者は録音がある限度でしか暴言の存在を認めないので、録音があっても、加害者は、
日常的に反復、継続して、執拗に暴言を浴びせていたわけではない、
と反論します。
ここに精神障害の因果関係立証のハードルがあります。
それでは、この「反復・継続性」「執拗性」の立証のハードルを乗り越えるには、どのような証拠を集めることが考えられるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令6.7.31労働判例ジャーナル152-14 国・堺労基署長(ホンダモビリティ近畿)事件です。
2.国・堺労基署長事件
本件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。
原告になったのは、四輪新車販売等の業務を行っている株式会社に入社し、自動車整備士として勤務していた方です。事件が起きた時には、事業場の「ピットリーダー」という、工場全体の仕事を把握して、各整備スタッフに仕事を割り振り、全体の作業管理を行うポジションにいました。職場環境により鬱病(本件疾病)を発病したとして、休業補償給付の支給申請をしたところ、処分行政庁から複数の不支給処分を受けました(本件各処分)。これに対し、本件各処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。
原告は心理的負荷を生じさせた事実として幾つかの出来事を主張しましたが、その中の一つに、P2工場長からのハラスメントがありました。
原告が問題視したのは「ガン(癌)」などの暴言で、これを立証するための証拠として、次のようなものがありました。
(医療機関を受診した際の診断書の記載)
「原告は、同月(平成28年11月 括弧内筆者)4日、P5クリニック・・・でP6医師・・・の診察を受けた・・・。同日の問診票には、『9月中頃から眠れない、はき気、食欲がない、げり、めまい、つかれがとれない、頭痛がする』との記載がある・・・。また、同日の診療録には、『9月から工場長が異動してきた。工場長は、仕事に関係ない暴言を吐いたりする。かなり無理な要求をしてくる。10月は本当にしんどくて、会社にいく前に、行くのも嫌でした。しんどいという感じになってきた。一度組み合い(ママ)と相談したけど』『工場のトップの人は、パワハラをみとめて今後ないということになった。仕事に関係のないことで、パワハラがある。例えば、おまえは、辞めても会社は、こまらないとかおまえはこの店の癌とか5年前に父親を癌で亡くしていて。ちょっとつらいですね。』などの記載がある・・・」
(録音反訳 平成28年10月8日)
P2「やったら、あんなこと言わすなや。すぐおまえがインカムで入れ。それでおまえが言えへんかったら、それで動くで、こっちは。おまえ、何やねん。指示でけへんのか、人に。言うたことをやってもらうのと違うぞ。例えば『P29さん、これ何時間でできます?』、『2時間です』、『じゃあ、それでお願いします』、それがおまえの仕事と違うでしょう。それやったらバイトでもできるやん。おまえは、その『2時間です』と言うたことに対して、『いや、こうこうこうやったら1時間半でできるんですよ。こうやったら1時間でできるんですよ』って言う立場じゃないの。何でおまえは、P15さんとか先輩のことは言うた時間でやらそうとするの。違うがな、そんなもん。このとおりやるんやないか。もっと言うたら、これを1時間でやるにはどうするかを考えてラインをつくっていくんでしょう。もっと隙間に入れてくださいと言うんでしょう。そうやってキャパを上げていかないと、これから『賞』をとったらさ、この倍、入ってくんねんで。25%、20%になったら。そのときに人数変わってないんやで。できるか、おまえ。おまえ、何を自由にやらしてんねん。もっと考えさせろや。詰めたら考えんねや。もっと言うとくわ。昼休み、絶対行かせ、これ。ここ、P15さん。多分、今これ言うたら、これ2時間でやらなあかんから、多分飯行かんと思うわ。これ終わってから飯行くと思うねん。あかん、絶対行かせ。で、1時からちゃんと2時間で終わるように考えて。おまえな、しんどそうに見えてるのは全て演技やと思えよ。年いったらやっぱり、夜8時半までやらなあかん、9時半までやらなあかんと思ったら、こういうことをしよるんよ。おまえが何も言えへんかったら。なら、俺がピットへ行ったら走り出す。走らんでええ。走らんでええ。もっと考えてできるやろ。な。おまえは、このメンバーをどうやったら10の仕事、11の仕事をさせるか、12の仕事をさせるかを考えなあかん立場やろう。10の仕事を10でしますなんか、誰でも言えるよ。もっとおまえがインカムで答えろ。何で、あいつがいちいち、さぁ、全員のメンバーの何時に上がりますってインカムで言わないかんの。嫌やったら下りろよ、代われ、無理やったら。ええから。P16にやらすから。誰かがやらなあかんねん、このポジション。分かったぁ、そうせんと、こんなん回れへん。好き放題やらせとったら。P29なんか何で勝手に12時半に食っとんねんという話しやで。これ待ってなかったら、こうなる。待ってたりしたらどないすんねん。やろうと思ったら12時という話しやろ。遅過ぎるわ。じゃあ、おまえの振り方が間違ってるという話しになってくるかも分かれへん、そしたら。P29に違うことやらせてやな、P16にやらせたほうがええわけやん、とかな。おまえの判断ミスやん、それ。違うか。違うか。異音がP29では時間がかかるんやったら、P15さんにやらせたらいいだけの話しや。リコール、時間かかるんやったら○○○だけの話しや。おまえも考えろって、もっと。で、もっと指示せえ。洗車機ない店、あるぞ。何甘えてんねん。俺がおらんかっても6人おんのやからさ。そうやろ。1個車検レーンなんやから、こんだけあいて、4レーンしかないんやろ。4レーンで5人おって、何を言うてんねんという話しやろう。ここで車検やったらええんちゃうん、これを、とかな。おまえが…ガンやぞ、はっきり言って。ピットが早くなれへんのは。おまえ1人早なっても意味ないねん。全員がレベル上がらな意味ないねん。おまえガンやで、はっきり言って。おまえがどう変わるか。おまえが変われへんかったら、ピットは変われへん。よう言わんからな。P4とおまえがガンやと言うてるやん、いつも。ちょっと回せ、回せ。絶対飯行かせ、12時に。」
このような証拠関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、強い心理的負荷を認めました。結論としても、本件疾病には業務起因性があるとして、原告の請求を認容しています。
(裁判所の判断)
「P2工場長は、原告による本件事業場の工場の業務指示が適切にされていないことに関し、原告に対して悪性腫瘍である『ガン』と発言したほか、『嫌やったら下りろよ、代われ、無理やったら。ええから。P16にやらすから。誰かがやらなあかんねん。このポジション。』などと発言している。」
「P2工場長の上記発言は、原告に対してもっと効率的に他の従業員に業務をさせるよう話をしているなかで出てきたもので、業務上の指導の一環とみる余地もないではないが、『おまえ』とか原告を悪性腫瘍である『ガン』にたとえるなど、侮蔑的で人格を否定するのに等しい表現であり、社会通念上相当な注意指導の範囲を逸脱しており、精神的攻撃によるパワハラに当たるといわざるを得ない。」
「そして、別紙6の録音反訳・・・においても、P2工場長は原告に対して少なくとも3回『ガン』と発言しており、『P4とおまえががんやと言うてるやん、いつも』との発言からすると、P2工場長は、10月に入ってから・・・、原告に対して日常的に同種の発言を繰り返していたことが推認できる。なお、証人P4は、P2工場長の『ガン』との発言は一度聞いた旨を証言する・・・が、P4は、本件事業場ではP2工場長の部下であり、P2工場長、ひいては本件事業場に不利な証言をし難い立場にあり、しかも、原告に対する『ガン』との発言がP4不在の場でされた可能性もあるから、証人P4の上記証言は上記認定を左右しない。」
・総合評価
「以上のとおり、P2工場長は、少なくとも平成28年9月末日から同年10月上旬にかけて、原告に対し、3回の録音・・・のうち、2回も『役降りろ』などとピットリーダーを辞めるよう求める発言をしているほか、『おまえ』『あほ』のみならず、悪性腫瘍である『ガン』と日常的に発言していたことからすると、原告は、同年9月末から同年10月上旬にかけて、P2工場長から執拗にパワハラを受けていたというべきである。そして、P2工場長が原告に対して書類を投げたこと・・・をも考慮すると、これ自体、暴行による身体的攻撃に当たるとか同様の行為が繰り返されていたとまでは認められないとしても、対比表14番及び16番の事実による心理的負荷の強度を高める方向に作用する。」
「これらの事情に、原告には本件疾病の発病前に精神疾患の既往歴はないこと・・・を併せ考慮すると、対比表10番、14番及び16番の事実による心理的負荷の強度は『強』というべきである。」
3.キーワード「いつも」
本件で興味深く思ったのは、反訳中の「いつも」というキーワードが効いているところです。「ガン」という発言がとれたのは、平成28年10月8日の一日だけでした。
しかし、一息に三回も「ガン」と言っていることに加え、
「P4とおまえががんやと言うてるやん、いつも」
という発言に着目し、裁判所は、日常的に「ガン」などと繰り返し発言していた事実を推認しました。
この推認過程は他の事件の立証にも活用できる可能性があります。録音自体が少なくても、その中に常習性を推認させるキーワードが含まれている事案では、それを最大限強調することにより、ハラスメントの反復継続性・日常性を立証することができるかも知れません。
本件は、精神障害の業務起因性の立証の指針として、実務上参考になります。
