1.パワーハラスメントの立証-ハラッサ―は怖い?
訴訟でパワーハラスメントの存在を主張すると、使用者側から
「ハラスメントなんか受けていなかった。」
「ハラスメントを受けている場面を見たことはない。」
といった内容の書かれた同僚の陳述書が多数提出されることがあります。
しかし、こうした立証活動には、どれだけの意味があるのでしょうか?
就労経験のある人であれば、ある程度想像できるとは思いますが、パワーハラスメントの加害者は、関わり合いになりたくない人種であることが殆どです。パワーハラスメントをしている場面を見たことがあるなどと言えば、どのような報復を受けるか分かったものではありません。それを措くとしても、ハラスメントが行われていたと証言することは、しばしば雇い主の不利益に作用します。雇い主に不利益な供述をすれば、良くて現状維持、悪ければ有形無形の不利益を受けます。このような状況のもと、同僚にアンケートをとったところで、ハラスメントの目撃供述など出るわけがありません。目撃供述が多数取得できるのは、会社の側がパワーハラスメント加害者を排除すると強い決意を持ったうえでアンケートを取る時のように、会社と(ハラスメント加害者以外の)一般労働者との利害が同じ方を向いている時だけです。
常々、このようなことを思いながら仕事をしていたところ、近時公刊された判例集に、多数の同僚による否認・不知供述を、ハラスメントを認知する妨げにはならないと判示した裁判例が掲載されていました。宮崎地判令6.3.21労働判例ジャーナル148-12 地方公務員災害補償基金宮崎支部長事件です。
2.地方公務員災害補償基金宮崎支部長事件
本件は、いわゆる公務災害(労災の公務員版)の不認定処分の取消訴訟です。
原告になったのは、昭和58年生まれの放射線技師の方です。技師資格を取得した後、平成28年5月1日からA町の臨時職員として、同年7月1日からは正規職員としてB病院で働いていました。
しかし、上司にあたる放射線技師Cからパワーハラスメントを受け、精神疾患(鬱病)を発症したとして、平成30年2月1日付けで公務災害認定請求を行いました。
これに対し、令和元年9月20日に公務外災害であると認定する処分がなされ(本件処分)、審査請求も棄却されたため、原告の方は、本件処分の取消訴訟を提起しました。
本件では原告の精神疾患の公務起因性が争点になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを認めました。
(裁判所の判断)
「上記・・・を前提に、認定基準を踏まえ、発症の前おおむね6か月間である平成28年8月頃から平成29年1月頃までの公務による出来事が強度の精神的又は肉体的負荷を与えるものと認められるかを検討する。」
「まず、上記認定事実(3)、(4)、(7)~(18)によれば、Cは、原告がミスを繰り返すことについて日常的に指導や注意を行っていたところ、その態様は、大声で長時間に渡ったり、そのような様子が周囲からも認識される状況で行われたりしている。また、原告が一人で業務を行うことに不安を述べ退職の意思を示していたのに(上記認定事実(4)、(9))、Cが以前に担当した新人技師と比較したり原告を小学生扱いしたりする発言をし(上記認定事実(14)、(16))、原告が、Cとの関係性の悪さからCの質問への回答に窮しているのに、Cはそれに気付かずにさらに追及し(上記認定事実(16))、原告の能力や家族を持ち出して放射線技師として他の病院に移ることを思いとどまらせ(上記認定事実(4)、(10)、(11))、自身の身体を被曝させてまでポジショニングの勉強をすることの必要性を示している(上記認定事実(12))。」
「このことは、原告が一人勤務できる状況に達していなかったために、Cは、本来休日である土曜日にも全て出勤して休暇も取得できず、助手であるDの勤務時間が平成28年7月に減少し、同年10月にはなくなって繁忙度が高まる中で(上記認定事実(7))、ストレスによる体調不良を感じるようになり(上記認定事実(9))、原告の前任者であるJや以前に新人指導をしたGと比べて(上記認定事実(1)、(14))期待に十分に応えられずミスを繰り返す原告に対する不満を高めていったと認められ、これが同年10月以降さらに厳しく指導するという方針を持つに至ったこと(上記認定事実(10))に裏付けられる。」
「確かに、B病院の職員には、Cの原告に対する指導がパワーハラスメントに当たることを否定したり知らないと述べたりする者も多数存在する(乙1、9~13)。しかし、それらの者は供述時点でもCと同僚であって、Cとの関係性を維持する必要があることに加え、原告がミスを繰り返してCに迷惑をかけていたという経緯を知っているのであるから、Cに有利に供述する可能性を否定できない。むしろ、上記認定事実(7)、(18)、(19)のとおり、Cの同僚や健康診断の受診者が原告の主張に沿う供述等をしており、H事務長もCの原告に対する言動については注意が必要であると思っていた旨発言していること、平成29年1月頃の発症以降の出来事であるが、上記認定事実(20)、(22)のとおり、同年6月及び同年7月にも長時間にわたりCが原告に大声で注意したり怒鳴ったりしていたことの裏付けがあることを考慮すると、同年1月頃までの時期において、上記のとおり認定することができるというべきである。」
「確かに、原告の唯一の上司として指導を担っていたCは、当初、原告に対して丁寧に指導していたのであり(上記認定事実(3))、放射線技師の業務が患者の被曝を伴う医療行為であって不要な被曝は避けなければならないにもかかわらず、原告は知識や経験の不足からだけではないケアレスミスも繰り返していて、Cの指導が功を奏していない状況であったという経緯に照らせば、上記アで認定したCの言動がおよそ業務上の目的を欠いたものであったとはいえない。」
「しかしながら、その態様や方法については、日々、否定的な内容を大声で繰り返し、時にはそれが長時間に渡ることもあり、新人職員に対する期待や放射線技師が二人しかいないことも相まって徐々に厳しい態様となっていったと認められるのであり、Cが原告の唯一の指導者であったという両者の関係性や、そうであっても一般X線撮影についてのマニュアルが備付けられておらず(上記認定事実(5))、Cからの指導を受け経験を積みながら撮影の知識と技術を習得しなければならなかった(上記認定事実(8))職場環境を前提とすれば、Cの指導は業務上の目的を超えて必要以上に威圧的なものであり、そのような状況が継続することによって、原告が強い精神的負荷を感じる状況にあったと認定できる。」
「加えて、上記認定事実(19)のとおり、原告はCによるパワーハラスメント被害をH事務長に訴えるとともに、Cには申告の事実を伝えないよう求めたにもかかわらず、これに対して事実関係の調査や具体的な対応策の検討がされた事実はうかがえず、むしろ、申告の事実がCに知られることになったのであって、H事務長に相談しにくくなったのである。」
「さらに、B病院の体制及び規模(検査の数)や放射線技師の人数からすれば、新人技師である原告に対し、十分な指導教育の環境が調えられていたとはいい難く(上記認定事実(5)、(8)、甲99、101~103参照)、上記のとおり原告がCに対して気軽に業務上の相談をすることが困難な状況であったことも踏まえると、原告は、常に不安を抱えた状態で業務をこなさざるを得ない状況にあったことが認定でき、原告に対し精神的負荷をもたらすものであったといえる。なお、待機当番業務については、原告の知識及び経験も踏まえると、平日の診療時間に休暇を取ることができないCとのバランスで、休日の担当を多く割り当てたことが一方的な押し付けであり不公平なものとは評価できないが、その割当ての理由がCから原告に対して説明されていたとは認められず、そのことによって原告が不遇感を高め、その精神的負荷を増強させたと評価できる。」
「以上によれば、上司による叱責や非難が続き、その態様も日に日に厳しくなるなかで、新人技師として業務の遂行自体に不安を覚えつつも、十分な教育や指導を受けられないままに業務に当たり、実際にミスを繰り返してさらなる叱責や非難を受け、一層の不安と焦りを抱えるという悪循環が生じていたことが認められ、このような事情が重畳的に相まって、原告は強度の精神的負荷がかかった結果、精神疾患を発症させたと評価できる。」
「他方で、原告には精神疾患の既往はなく(上記認定事実(24)、(25))、業務外で心理的負荷があったとも認められない。」
「そうすると、発症の前おおむね6か月間の原告の公務による心理的負荷は、新人技師として実務経験に乏しい者を基準とすると、客観的に見て精神疾患を発症させる程度に強いものであったと認めるのが相当であり、他方で、原告には業務以外の負荷及び個体側要因は認められないから、原告の精神疾患の発症には公務起因性があると認められる。」
3.むしろ少数でもハラスメントの存在を裏付ける供述があることが意味を持つ
この裁判例で目を引かれたのは、傍線部を引いた部分です。
本件でも類例に漏れず、使用者側(行政側)は、職場の同僚の「ハラスメントなんかない」「知らない」という供述を多数用意してきたようです。
しかし、裁判所は、加害者(C)との関係性から否認・不知する供述をする可能性は否定できないとし、これがあるからと言ってハラスメントがなかったことにはならないと判示しました。むしろ、少数ではあっても、ハラスメントがあったことを裏付ける供述があったことを重視し、これをハラスメントを認定する根拠として活用しました。
ハラスメントについて否認・不知と述べる同僚の陳述書を大量に提出してくる使用者側の立証活動は、実務上、比較的良く目にします。裁判所が示している経験則は、こうした使用者側の立証活動に対抗して行く上で参考になります。
